スーパーディレクター・K女史の恋バナに横やりを入れるついでに、キャリアアップ・プランの考察に関連付けて一本のコラムにしてみた。

2013/05/13 11:59:00

■スーパーディレクター・K女史、恋(の返答)に悩む

 K女史は知的だ。メガネ萌えの殿方にはたまらないだろう。そのK女史に妹がいるという。別に驚きの新事実というわけではないが。メガネはかけているのだろうか。もしかけていたら、メガネ好きの殿方はダブルメガネに萌え悶えることだろう。

 そんな姉妹の会話で、恋愛相談で求めているアドバイスについて、妹からポケモンで例示された。

「数百種類のモンスターたちから、あなたのパートナーとなるモンスターを見つけましょう。相性や出会いを大切にすれば、いつかきっと出会えるはず」という抽象的なアドバイスが多いけど、役に立たないんだよね。「まずは博士のところに行って、そこで3匹の中から選べ。相性は考えるな、どうせライバルは相性が悪いものを選んでくる。あとコラッタは捕まえるな」といった実践的なアドバイスが欲しい。

非常に興味深い返答だ。姉も知的なら、妹君も違う角度で知的だ。そんな返答に、ゲイ・ボルグでもひっさげて、横やりを入れてみようと思う。

■サトシにはついていきたくない

 僕はポケモンのサトシが好きになれない。いつも後ろでがんばってるみたいだが、実のところオーバーアクションで注文をつけているだけだ。自分が捕獲したポケモンを戦わせて他のポケモンを屈服させる。大自然に抱かれて暮らしていたポケモンを、モンスターボールに閉じ込める。そして、都合のいい時だけ呼び出して、用が済んだらまたモンスターボールに監禁する。

 冷静に考えると、まさに人でなしではないか。そんな人を彼氏にしてはいけない。友達にそんな人がいたら、僕はきっと顔が腫れるまでグーで殴り続けるかもしれない。

■ポケモンに通じるもの

 このサトシとポケモンの関係を見て、会社と社員の関係がダブって見えた。サトシがポケモンを育てるように、会社も社員を育てなくては強くはなれない。そして、ポケモンそれぞれに個性がある。その個性を活かして育てていくことで強みを発揮する。

 そしてこの妹君の素晴らしいところは、具体的な戦略の重要性を認識していることだ。ポケモンでも、自分の好きなポケモンを使うだけでは勝ち残れない。きちんと相手の性質を考えて戦う必要がある。

 これは恋愛においても、キャリア構成についても共通する。自分の特徴をよく把握し、相手に対して有効な手札をそろえる。自分の理想を押し通すだけでは結果は得られないのだ。

■具体的なアドバイス

 もし、恋愛相談で実践的なアドバイスをするとしたら。時として生々しい話になることもある。例えば、現金を積むとか、具体的な相手の弱みのつかみ方、ライバルの駆逐方法、(自主規制)とか(自主規制)などだ。状況によっては、「あなたじゃ無理。あきらめろ。」という返答もあるだろう。

 キャリアプランのアドバイスでもこのようなケースがあると思う。君の実力じゃ年収1000万は到底無理とか、今時そんな高待遇なんて望めないとか。不相応な相談の返答は、オブラートに包んだカウンター攻撃と決まっている。

 具体的な返答というのは、時として諸刃の剣でもある。具体的な返答は効果が高い分、アドバイスする側には知恵、アドバイスを受ける側には心構えが求められるのだ。本当にためになるアドバイスは時として痛みを伴う。オブラートの包みを解かなければ、本当に利益になるアドバイスは得られないのかもしれない。

 

納期は踏み倒されるためにある

2013/04/29 11:59:00

■納期と約束

 相手と交わした約束を守ることで、信頼を築いていく。仕事をする上ですごく重要な事です。納期とは、「いついつまでに品物を納めますよ!」という約束です。ITに限らず、業務をする上での必達事項の一つです。

 この納期に間に合わせるため、多くの人が奔走しています。納期が押してしまうIT業界名物の”デスマーチ”が発生する。本来であれば、納期を意識して頑張っていれば、納期前は平然としていられるはずです。しかし現実は全く逆です。そこに私は不自然さを感じます。

■約束と不平等条約

 納期という約束が、実質的に不平等条約になっていないでしょうか。全てのプロジェクトがそうだとは思いませんが、明らかに不平等条約で成り立っている納期もあると思います。予算やら都合やら、明らかに条件が厳しすぎるプロジェクトです。

 求められる結果に対して、条件が過剰に厳しい。当たり前ですが、条件が厳しすぎれば納期という目標は達成できません。頑張っても達成できない納期が多いのは、この不平等条約の条件が厳しいからに他なりません。

■不平等条約と現実的結果

 ここから、かなり非現実的な話をします。このような不平等な条件での納期がまかり通るからいろいろおかしくなるのです。この状況を打開するために、清々しく納期を破ってみてはどうだろう。破ると言っても、尻尾を巻いて逃げたり、言い訳することではありません。できないことはできないと明言して、あきらめるべき時はきちんとあきらめることです。

 立場や権力でごり押ししても、条件が揃っていなければ納期には間に合いません。間に合ったとしても、粗悪な品質の納品物が納められます。不平等条約を押し通すと、なんらか不利益という現実的結果が返ってきます。

 できないものを無茶してやろうとするから何かがおかしくなる。小難しいビジネス概念を持ち出して無茶を突き通すより、理不尽な納期を堂々と拒める世の中の方が、まっとうな結果がでるのかもしれません。

■現実的結果と納期

 なぜ、納期を破るという非現実的な話を出したかというと、そうでもしないと条件について考えないと思うからです。変に間に合ってしまうと、次はもっと厳しい条件でも大丈夫だと勘違いしてしまいます。どこかで現実というペナルティーがないと、歯止めが利きません。

 誰しもやりたいと意識して納期を踏み倒す人はいないでしょう。ただ、条件の厳しさがエスカレートしていったらどうでしょう。無理に納期を守り続けていても、いずれ守りきれなくなります。その時がきたら、なんらかのごまかしに走らざるを得なくなります。

 現代のビジネスでは、納期を早く、安く済ますことが正義のように語られます。無茶せずにできるラインまでなら、この考え方は正義だと思います。コンスタントに守れる条件でこそ、納期の意味があります。納期を語られるうえで、コンスタントに守れる条件も考えられるようになって欲しい。そう願って止みません。

花見の席で"汚(けが)れている"と言われた腹いせに、魔性の女とエンジニアを強引に関連付けたコラムを書いてみた。

2013/04/02 11:55:00

■アバンチュールに酔いしれて

 実際に酔っていたのは、アバンチュールではなくグレープフルーツサワー500ml缶2本だったと記憶している。ちなみに私は酒を一切飲みません。酔いしれていたのは、某魔性の女(二十ウン歳)でした。

 花見といえばもちろん桜だが、雰囲気が出ないのでバラの話をする。綺麗なバラには棘がある。だから余計に美しい。アバンチュールとは、リスクと快楽が混ざり合う麻薬のようなものだ。危険と分かっていても手を出したくなってしまう。そんな魅力を持つ女性を魔性の女という。

■その魔性の女からエンジニア的観点で何かを盗む

 魔性の正体とは、ズバリ、リスクと利得の混在だ。利得しかない女性(そんなのいないだろうが)だったら、ただの素晴らしい女性。デメリットしかなければ嫌な女性。冷静に分析すると、さっぱりしたものだ。

 では、なぜリスクと利得が混在すると、魅力的に見えてしまうのか。それは、リスクなくして大きな利得を得られないことを、誰もが本能的に理解しているからではなかろうか。エンジニアとして、そんな魅力が持てたらすごくないだろうか。

■今日からなれる!ましょうのエンジニア!!

 そんなことで一つ提案がある。「〜ましょう!」と言えるエンジニアを志してはどうだろうか。自分から何かを提案するのは勇気が要る。自分から人を巻き込んで何かをしようとすれば、誰かの言う事を聞いて行動するより、自分の責任というリスクが大きくなる。

 それでいて、なにか大きな達成ができそうな。そんな「ましょう!」と言えるエンジニアって素晴らしくはないだろうか。実際、リスクをよく知った人でなければ、「ましょう!」の一言に説得力を持たせるのは難しい。

■そう、僕は汚れきっているんだよ。

 その某魔性の女(二十ウン歳)曰く、僕はアバンチュールに戯れる、汚れきった大人だそうだ。「あーあ、エンジニアライフにも汚れきった大人が来てしまった」と随分とお嘆きのご様子でした。

 そうさ。僕は汚れきっているんだよ。リスクという泥沼に何度もハマった大人なんだよ。近寄ると、プーンと焦げ臭い匂い漂うと思う。デスマで焼けた希望の匂いさ。これが働く大人の香りってものだ。

 リスクを知るには、リスクの中に突っ込んでいくしかない。利得ばかり追求していると、どうしても臆病になってしまう。だからこそ、リスクに突っ込んだ事のあるエンジニアでなければ、大胆な行動に出られない。

 キャリアに何一つ汚点のないエリートより、私は「ましょう!」の言えるエンジニア。「ましょうのエンジニア」でありたい。確かに痛い目を見る事の方が多いかもしれない。でも、リスクに怯まずに向かっていけるようになりたい。そうあることができるなら、誰かしらが何かを感じて自分について来てくれるのではないだろうか。

そのレビュー、魔女裁判になってませんか?

2013/03/20 11:59:00

■とある現場でのレビュー

 特に珍しい光景ではないと思う。ただ、指定のドキュメントを指定の時間に仕上げるよう、指示が出ていた。忙しい中、指定のドキュメントを仕上げて、指定された時間にミーティングスペースで提出をする。

 仕上げたドキュメントは自分用、レビューアー用を印刷してある。レビューアーのマネージャーが席に着き、印刷したドキュメントを渡す。不機嫌そうにドキュメントに目を通して暫く沈黙の時間が続く。そして、ドキュメントにチェクを記入して、怒涛の追及が始まる。

 怒涛の追及といっても、ドキュメントの内容に触れられることはあまりない。体裁や誤字脱字、図の配置がどうのという話が中心だ。 一つ一つ、修正点をメモしていく。そして、レビューが終わった時には、とりあえず疲れている。ドキュメントを直すより、まず喫煙室に行って一息つきたい心境になる。

■レビューというより魔女裁判

 この手のレビューでお決まりなのが、ドキュメントがきちんと書けていない事への非難です。いや、実際はきちんと書けていても非難されます。正しい内容を書いたとしても、レビューする人が理解できるかどうかは別問題です。また、正しい判断基準がなくても、いくらでもジャッジメントは下せます。

 なので、正確に情報を把握していなかったり、ドキュメントを書く技術もない人がレビューを行うと、ビューが魔女裁判になります。書いてある内容も理解できない、技術もないとなれば、どうしても判断基準が気分的なものに偏ってしまいます。

■そもそもレビューって何だ

 これが私がレビューに持つイメージです。とは言っても、きちんと進行しているプロジェクトより、炎上プロジェクトで仕事をすることが多かっです。もっと違った形でレビューをしている現場も多いのかもしれません。また、レビューする人がお客様だったりすることもあるかもしれません。

 ただ、どのような状況であれ、レビューに正当性がなければ、ドキュメントの品質は上がりません。ここが、レビューが効果的なものになるか、ただの魔女裁判になるかの違いだと考えています。間違いを指摘して「だからだめなんだ」と力説するだけでは何も解決しません。相手を納得させられるか。それが一番大事ではないでしょうか。

■ドキュメントはあくまでも人の書くもの

 経験論ですが、ドキュメントを書かせると、心境がモロに出ます。凹んでる人にドキュメントを書かせると、顕著に間違いが増えます。だからと言って、やる気があってポジティブな状態でドキュメントを書けばいいものが書けるかと言えばそうでもない。やはり、技術や正確な情報が無いとまともなドキュメントは書けません。

 自分がマネージャであれ、客であれ、人に判断を下す行為の重さは変わらない。そして、非難という罪深さも変わらない。レビューの際に、相手を納得させるだけの基盤がないと返り討ちにあいます。けっこう真剣勝負です。また、立場でねじ伏せて押し通したとしても、品質の劣化という反撃を受けます。

 結局、魔女裁判では不利益しか生じません。誰かのレビューをすることがあれば、冷静に振り返ろう。もし、プロジェクトが炎上しているなら、あなたのレビューが魔女裁判になっているかもしれません。

急ぐことのデメリット

2013/03/05 11:59:00

■スピードという価値の生み出し方

 同じ仕事でも、早く処理できると良いと評価される。一か月かかる仕事を一週間で済ませたら、その分の工数にかかるお金が少なくなるので、良いとされる。IT業界でなくても常識の話だ。早いことは善だ!正義だ!働いていてもそんな感覚の人は多い。

 ただ、早く仕事を済ませるにはいろいろな手法がある。正当な方法として、仕事一つ一つをこなす速度を早くする、無駄を省く。大きくはこの二点だろう。それとは別に、多くの反則技も存在する。無理を強いる、成果物の完成度を低くしてごまかす、別のものでごまかす、本来必要なものも省いてごまかす・・・などなど。

 どのような方法を取ろうとも、早さを実現すればその場の信用は保障される。働いてる以上、これが絶対視されている。この時間を厳守するのが仕事だとも言われる。

■急ぐことのデメリット

 当たり前だが、仕事を早くこなすには条件が必要になる。高い技術や経験だったり、よく練られた作戦や下準備等だ。つまり求められるものが多い。本来なら条件が揃ってなければスピードは出ない。

 また、スピードを出した時の方が、失敗し た時のリスクは高い。同じ仕事でも、短い時間でこなそうとすれば、当然思索できる時間が減る。深く思索できないので、思わぬ勘違いを犯しやすくなる。

 そして、急いでばかりいると考えなくなる。これが最大のデメリットだ。思索する時間を取らないわけだ。繰り返せば、思索しないのが習慣化する。そして、知らず知らずのうちに考え方が安直になってしまう。これはエンジニアとしては致命的と言える。

呆れる程に問題はスルーされる

 前述のとおり、スピードを出すには条件が必要だ。実はそれを揃えるにも時間がかかる。積み重ねも必要だ。それはそうだろう。早く仕事を進める手法を考えるのは楽じゃない。結局、トータルで考えると、長期的に取り組まないと仕事の速度なんて上がらない。

 現代ではスピードが重視され過ぎて、正当な方法だけでは業務が回らなくなっている。それどころか、反則技が正当化されて疑問すら持たれなくなっている。その結果、大手の企業でも平気で反則技が使われるようになった。

 反則技が使われれば、どこかにしわ寄せがくる。それが結局、働いてる人の負担としてダイレクトに返ってくる。利用者や客にも当然、なんらかの不利益として返ってくる。スピードは市場では価値が発揮されるが、それを諸刃の剣と認識する人はどれ程いるだろうか。

■納期という名のゲーム

 成果物は条件さえ整えれば良い。納期に間に合わせるなら手段は問わない。納品した後、お客さんに利益があるか?そんなのは関係ない。言われた物を作って納めればいいんだ。・・・と、そういうノリで仕事をしてはいないだろうか。確かに、それでも社会的信用は確保できる。

 しかし、勘違いしてはいないだろうか。それでは社会的信用しか得られないのだ。単に社会的信用を確保するだけのゲームにしかならない。それで収入を得て生きていくことはできる。しかしそれでいいのか?実質、何も利益になることはしていないのだ。

 そもそもエンジニアというものが、社会的技術基盤を支えるための存在なのか、納期というゲームをクリアするための駒なのか。急ぎ過ぎてそこを見失ってはいけない。

みなみけ

2013/02/27 11:59:00

■今日はみなみけについて語りたい。

 IT業界を語る上で、いや、現代社会のビジネスを語る上で、ぜひ押さえておきたいもの。それが"みなみけ"だ。

  現代社会はストレスに溢れている。人はストレスがかかった時にどのようになるのか。そう、眉間にしわを寄せる。その場にいる人、すべてが眉間にしを寄せた状態。これが"みなみけ"と呼ばれる状態だ。

みなみけ おかわり

 プロジェクトが生き詰ると、メンバー全てが"みなみけ"になる。そんな状況を打開するトリガー。それが、"みなみけ おかわり"だ。この"おかわり"とは、"お変わり"つまり、変化が起こる前兆を敏感に察知するという意味だ。

 "みなみけ おかわり"とは、情況を打開するために、小さな変化を敏感に察知する。という訓示だ。行き詰った状況であるなら、この"みなみけ おかわり"を積極的に意識して業務に臨もう。

みなみけ おかえり

 プロジェクトのメンバーが"みなみけ"になる原因の一つ。それは、帰宅時間だ。マネージャだけ先に帰っても空気が悪い。仕事済んだからってさっさと帰るのも空気が悪い。

 "みなみけ おかえり"とは、プロジェクトにおける帰宅時間の管理における訓示だ。この"おかえり"とは、"お帰り"つまり、快く帰宅させるための心遣いという意味だ。決して岡 恵理子さんのニックネームではない。プロジェクトを運用する立場であれば、ぜひ、"みなみけ おかえり"は押さえておきたい心構えだ。

みなみけ ただいま

 そして、"みなみけ"における最も重要なポイント。それが、この"みなみけ ただいま"だ。この"ただいま"とは、英語で言う"Just Now!"という意味だ。あえて日本語にすれば"只今"ということになる。

 業務中、まさにJust Now、"みなみけ"の時、君はどう動くか。その訓示が、まさにこの"みなみけ ただいま"だ。正に、現代社会を駆け抜けるビジネスパーソンであれば、必ず押さえておきたいところだ。

 ストレス化社会と言われる現代、日本は"みなみけ"で溢れている。避けるのではない。そこに立ち向かうことで活路が見いだせることもあるのだ。DVD絶賛発売中。これを機会に、君も"みなみけ"な現状を見直してみてはどうだろうか。

※ただしイケメンに限る

2013/01/24 7:45:30

■そう、見てくれなんだよ。

 もし、レストランで食事をするとしよう。料理が非常においしい。雰囲気もいい。接客も丁寧だ。そんな店が二軒あった。ただ一つの違い。それは、一方は店員が美女揃いで、一方はへちゃむくれ揃いだった。さて、あなたはどちらの店にいくだろうか。

 人は意外と外見で判断する。なんだかんだ言っても外見で判断する。言い換えるなら見てくれだ。外見と言っても、細かいしぐさ、話し方、ありとあらゆる外面的なもの全てが含まれる。人と直接会った時、そういうものが一番初めに目に入る。なので、どうしてもそこが基準となるのだろう。

■中身は外面ににじみ出る

 私は、エンジニアとて見てくれは大事だと思う。何日も風呂に入れずに、疲れた顔してる人と働きたくない。どうだろうか?このコラムを読んでいる大半の人が、そういう人と働きたいとは思わないだろう。そんな風呂に入る余裕すらない、切羽詰まった現場で働きたい人などいないはずだ。

 人を外面で判断すると、薄っぺらい見方とか、思慮の浅い見方とか思われることがある。しかしどうだろう。働いてる人の外面に、働き方や行動パターンは出る。外面を気にするといっても、おしゃれにするとかそういう事ではない。(むしろ、現場で色気付いてもらっても困る)普段の行動は何かしら外見ににじみ出る。

■機能的なかっこよさ

 また、使っている道具、PCの操作の滑らかさも重要だ。例えば机の上が書類でぐちゃぐちゃになっていないだろうか。PCのデスクトップがファイルで埋もれて、収集がつかなくなってないだろうか。

 一見、外見とは関係無さそうだが、表情やしぐさ、雰囲気に出る。整理されてない環境にいると、どこかしらずぼらさが外見や言葉の端々から滲んでしまう。人は無意識に、そんな些細な部分を見て判断してしまう。

 人間というのは、機能的なものを見ると美しさを感じるようにできている。要領よく仕事をこなす人を見るとカッコよく見えてしまうのはそのためかもしれない。

■真のイケメンとは

 真のイケメンとは、ダイナミックな動きの中でキラッと光るものだ。特定の条件が整った時、眩しく光を放つものだ。例えば、ものすごくピンチな状況で、涼しい顔で迅速に問題を解決したらどうだろう。その人にスポットが当たらないだろうか。

 状況が整ってスポットが当たると、その人の中身が見えるのだ。技術レベル、精神状態、そういうものが、正に見て分かる。人を見る時は、このスポットが当たった瞬間を見逃してはいけない。

 人は普段から輝き続けられるほど完成されたものではない。そして、ダイレクトに中身を見抜けるほど知的でもない。ただ、条件が揃った時であれば、的確に目で見て内面を理解することができる。見たままの姿をカッコいいと思えるようになり、イケメンと認知できる。 

 やはり一緒に働くなら、こういうイケメンと働きたいとは思わないだろうか?そう、イケメンに限るよ。イケメンに。

モチベーションに頼らない仕事術

2013/01/16 11:00:00

■どこかずれている感が漂う言葉

 そう言えば、いつしか書いたコメント欄でモチベーションについて書いてみよう。なんて返信した覚えがあります。年末から年始にかけて、好き放題はじけさせて頂いたので、今回はひねり無しで執筆させて頂きます。

 私の感覚からすると、モチベーションという言葉を聞くと、何か違和感を感じます。例えば、会社の朝礼の一言でこの言葉が出た時、周りの人は大体スルーしています。また、Web上の記事でモチベーションについて語られる時も、何かしっくりこない感があります。

 このしっくりこない感とは何か。自問自答した結果出た答えが、捻り出したモチベーションか、湧き出たモチベーションか。というところにたどり着いています。

■根拠なきところにモチベーションは無い

 巷で言われているモチベーションを保つ方法で多いのは、将来に目標を持つとか、収入の増加やキャリアアップの計画です。しかし、ここで考えて頂きたい。実際、仕事でモチベーションを保つには、ポストと報酬が必要です。これは会社が用意しなければ揃いません。

 ポストと報酬は有限です。そんな限られた人しか得られないものを餌に、社員全てにモチベーションが保てるでしょうか。私は無理だと思います。やりがいとか、社会貢献など、モチベーションの根拠と成り得るものはあります。経営者の間でこのようなものが、もっと語られてもいいのではないでしょうか。売上云々や会社の都合だけでは、社員のモチベーションは湧いてはきません。

■モチベーションの対象

 モチベーションが高いことで、いろいろなことを実現することはできます。ここには間違いはありません。しかし、何を実現したいのでしょうか。私はここに疑問を感じます。モチベーションの怖いところは、対象が人に害を成す行為でも実現してしまうということです。

 実際、ブラック企業といわれるところでも、幹部のモチベーションは高いです。競争に勝ち残るための不正にしても、モチベーションが良心を超えれば実現できてしまします。今、日本や世界で起こっている問題のほとんどが、誰かの目標達成のしわ寄せです。

■自己実現が正義とは限らない

 そもそも、仕事にそこまでのモチベーションは必要なのだろうか。そこに疑問がある。万人が過剰に頑張らなては業務が成り立たないということ自体がおかしいです。

 現代人は自己実現することが幸福だと信じて疑いません。そのために過剰にプランを立てたり、自分を奮い立たせたりします。過剰な競争にだって耐え抜きます。こういう人は、モチベーションを捻り出している人と言えます。モチベーションの出所がエゴなので、結果に結びつきにくいです。結果、モチベーションを保つのに苦労します。

 そこで一つ提案です。自己実現ばかりに目を向けるのではなくて、他者実現に目を向けてみてはいかがでしょうか。そして、自分の周りにそういう人が増えれば、結果、自己実現もしてしまいます。結果として、自分でモチベーションを捻り出すより、モチベーションが維持しやすくなるはずです。

 モチベーションを捻り出すのは疲れます。不自然な方法に頼っていては、いつか力尽きてしまうのではないでしょうか。

AKB48のファンすべてを敵に回しても学びたい、プロとしての心構え

2013/01/07 11:55:00

■AKBというあり方

 正月にパソコンを弄っておりました。音声のテストでたまたま適当な動画を、Yoiutubeで流していたのです。私は普段テレビを見ないので、芸能界には疎いのです。そんな私が、ある芸人のモノマネを見て衝撃を受けてしまいました。今、人気のアイドルグループAKB48のモノマネをしてるキンタロウという芸人の動画だったのです。なんということでしょう。彼女の動きのキレに惚れてしまいました。

 そもそも、私はAKB48の曲を聞いた事がございません。メンバーの名前すら覚えていないのでございます。個人的な偏見から言えば、何かの圧力で強引に売り出してるアイドルユニットというイメージであります。確かに、軍隊のような訓練は受けてるみたいなのですが、いかんせん売るのが目的。動きと歌声にキレが感じ取れません。

 そんな芸能界に疎い私なのですが、30秒という限られた枠の芸で魅了されてしまいました。AKB48のPVを1時間見せられるのであらば、私はキンタロウさんの舞踏を1時間見ていたい。もう、AKB48の名前をKTR(キンタロウ)48に変えて頂き、彼女にセンターをやって頂きたいと思う程でございます。

■本物の芸能人

 芸の人、能の人と、合わせて書いて”芸能人”と読みます。現代の芸能人に芸はあるでしょうか?能はあるでしょうか?何故か売れてる人に限ってあまりそういう要素が感じられません。芸とは技、能とはウィズダム、賢さでございます。この二つを兼ね備えている人物が芸能人と言われるにふさわしいのです。

 最近のアイドルは確かに可憐でございます。しかし、そこに積み重ねられた芸の重み、能がなかなか感じられません。若さと可憐さで押しているだけのようです。ここで断言させて頂きたく思います。若さと可愛さしか無い女性は、動物の雌と同じでございます。本物の淑女(レディー)であるならば、歳を重ねる毎に、積み重ねた経験からいろいろなものを醸し出すものでございます。それが、芸であり、能である訳であります。

 キンタロウという芸人はどうでありましょう。確かに若くはなく、可憐ではございません。しかし、本物のAKB48を凌駕する演技力、舞踏の技術がございます。まさに女ざかりの本家を差し置いて余りある魅力の根拠がございます。それも、若さという消耗するだけのものでなく、芸と能という積み重ねで構成されております。まさに、確固たる土台に構成された魅力と言えましょう。

■エンヂニアとして彼女の姿勢を学ぶ

 さて、我々エンヂニアとして彼女から何を学ぶべきなのでしょうか。それは、正に芸と能に対する姿勢でございます。エンヂニアとしての芸、それはスキルでございます。エンヂニアとしての能とは、正にウィズダム。賢さでございます。

 私達は、このエンヂニアとしての本質で勝負ができるのでしょうか。確かに、スキルと賢さだけでこなせる程、業務というのは簡単ではございません。しかし、スキルと賢さを磨かずに、隣人との兼ね合い、お金の流れ方を調整するような技法に、便り過ぎてはいませぬでしょうか。

 確かに、キンタロウという芸人でございますが、冗談にも可憐とは言い難き方にございます。しかし、芸能人という本質は外しておりません。それが私の心に感銘を与えた理由でございます。そこに、プロとしての魅力を感じた次第でございます。

■そして彼女の如く、心を強く持つべし

 事の詳細を調べ、私は驚愕いたしました。なんとこのキンタロウという芸人、AKB48のファンに猛烈なる罵倒を受けているとのことであります。何たる事でありましょう、本人も非常に気に病んでいることでございましょう。

 己の鍛え上げた技を披露し、逆に罵声を浴びるとはこれいかに。無念の極みでありましょう。キンタロウという芸人の素晴らしさは、この罵倒に対し笑顔で応える心の強さであります。我々が最大の能力を費やした成果に対し、理不尽な罵声を浴びせられてかのように振る舞うことができょうか。

 本当に優れた芸術は、罵倒を持って批判されることもございます。高度な技術は批判を持って拒否されることもございます。それは理解するのに高度な知性が要求されるからでございます。フィンセント・ファン・ゴッホという画家をご存知だろうか。彼は死して後、作品を評価されましたと聞きます。

 安易に屈せず、己の道を往く。このキンタロウという芸人の姿勢は、我々、エンヂニアとしても学ぶべき点が多いのではなかろうか。私はAKB48のファン、全てを敵に回したとしても、彼女を素晴らしいと称したい。そして、己もその生き様に多くを学びたいと考える次第にございます。

〜おまけ〜

問題の動画。前田敦子&大島優子 細かすぎるものまね キンタロー 小林礼奈 AKB48

新年心意気新たに・・・という理由で2012年を忘れさせません。

2013/01/01 0:01:00

■年初めという雰囲気でスタートするな!

 こんにちは。Anubisです。新年が来た。さぁ、今年の抱負を・・・、の前に何か忘れていないか。そう、去年の精算ですよ、去年の精算。

 最近、時間の経過だけで物事流している風潮が強い。例えば先週のクリスマスがそうだ。クリスマスツリーをデコレートしてみんなでサンタさんの格好をしてたのに、26日になった途端、街中ではお琴の音が流れだす。少しは余韻に浸ろうという考えはないのだろうか。

 そんな雰囲気に流されて、「さぁ、新年が始まった。新しいことでも始めようか!」なんて思ってないだろうか。気分を一新したい気持ちはわかる。しかし、それをやるなら、きちんと去年の精算を済ませてからだ。

■区切りは時間じゃない。結果で見るべし

 IT系の仕事をしていると、よく納期、納期と騒ぎ立てられる。当たり前だが、納期の日に成果物が完成していなかったら、どうだろう。仕事は終わらない。同じように、去年立てた目標は、自分の中でクリアできているだろうか?

 新年に目標を立てるのはいいとして、きちんと済ますべきものは済ます。そこを、新しい年がきたからと曖昧にしてはいけない。4月に進捗確認、6月に中間軌道修正、8月に最終調整、10月に成果物の整理。そのように動けているだろうか。新年にプランを立てっぱなしで漠然と進んでいては、到底結果は望めないだろう。

■逆転の秘策、むしろ考えない!

 そんなガチガチに計画ばかり立てて、実現できるのか?なんて思う方も多いかもしれない。私の経験則からも、ガチガチに策を固める人に限って、逆に失敗が多いように思う。現代人は、成果ばかりを追い求めて、自分の都合のいいように事実を見る傾向が強い。そんな思考パターンで計画を練っても、当然どこかに歪がでても仕方がない。

 そこで一つ提案がある。時間という枠を取り払ってプランを立てるという方法だ。成果物もフィックスしない。目標は立てない。ただ、漠然とやるのだ。

 それを計画と考えられない人も多いと思う。それは、仕事の思考パターンが染み付き過ぎた頭の硬い人だ。このあえて項目をフィックスしない手法は、子供が何かのスキルを身につける時の動きだ。子供が物事を覚えるのが早いのは、まずやる。そして、そこから感じたものを大切にするからだ。ただの無知で考えないのとは違うのだ。

■正しい正月の過ごし方

 正しい正月の過ごし方。それは簡単だ。餅食って寝てろ。エンジニアという仕事をやっていると、どうも考えすぎる傾向が強くなる。いや、正確に言うと、考え方が偏る。考えが偏った時には、一旦、思考をストップする必要あある。だから、餅食って寝るんだ。日頃からの疲れも溜まっているだろうし、しっかりと休むのだ。

 今年こそは。なんて考える必要は無い。淡々と目の前にあるハードルをクリアしていけばいいのだ。ただし、目の前にあるのがハードルとは限らない。ハードルを乗り越えた着地点に地雷が埋まっていたらどうだろう。そういう、罠があったりする。それが世の中というものだ。

 そして、餅食って寝て、更に余力のある人は親孝行をしよう。正月休みの無い人は・・・、ごめんなさい。仕事頑張ってください。とにかく、今年は良い一年であることを願います。そして忘れるなかれ。僕達の過ごしたあの2012年を。未来を掴むために、きちんと過去をかみしめるのだ。

・・・・2012年、フォーエバー。忘れない。あの夏に見た遠い青空を。

ビジネスの限界

2012/11/17 15:38:46

■さぁ!行き詰ってまいりました!!

 初っ端から思いっきり不謹慎なことを言ってみた。でも、これが大半の人の本音だと思う。日本の行く先、年金問題、教育問題をひっくるめても同じ事が言えてしまうが、そこまで語ると話がでか過ぎる。今、目の前にある仕事に限定して話そうと思う。

 人それぞれ考え方が違うので、みんながそう考えてるとは思わない。私としては、どこの業界を見ても出尽くした感がある。物質的にも満ち足りているし、サービスも巷にあふれている。それでいてなお、まだ新しいものを追い求める。

 当たり前だが、水のいっぱい入ったコップに更に水を注ぎ込んだらどうなるだろう。当然あふれてこぼれる。今、世の中はそういう状態だ。今更、何を継ぎ足そうというのだろうか。

■行き詰る原因

 私たちのやっている仕事というものは、ものすごく効率が悪いのかもしれない。必要以上の量を売ろうとするため、営業と宣伝が必要になる。他社との競争が生じるので、必要な時間すら充分に取れない。しかも、売るためには常に新商品を出していかなくてはならない。

 二十年くらい前までは、こういうやり方でも通じていた気がする。最近、このやり方が通じなくなったのは、消費者がついてこれなくなったからじゃないだろうか。満ち足りているのに、どうやって継ぎ足そうか思索を凝らす。そういう流れになっている。

 無論、満ち足りていると考えない人も多いと思う。そういう人は、無限に増殖する欲望を制御できなくなってるだけだと思う。これだけ脚色の行き届いた宣伝が溢れていれば、それは欲望を制御するのも大変、というか無理だろう。それはそれで、行き詰っていると思う。

■特にIT業界にその傾向が強い

 ビジネスというゲームが先行して、消費者が、もっとも置いていかれている業界。それはIT業界じゃないだろうか。頑張るのはいいのだが、頑張りすぎて商品はオーパーツと化している。消費者が理解できないだけでなく、もう、売る方も訳がわからなくなってしまっている。うまくいかないプロジェクトが多いのもそのせいだと思う。

 確かに、よく理解すれば魅力的な商品は多い。しかし、冷静に考えれば要らないような商品も多い。知ってる人がいれば、100万円かけて導入できるシステムが十万くらいの投資で代行策が打てる。そういうケースをよく見る。

 中小くらいの規模でも、きちんとIT系の人材を育てれば、ある程度の投資で安定してシステム運用できる。システムは魔法ではない。ただのコンピュータだ。使い方もろくに考えずに利益が得られると考えるからおかしくなる。

 本来であれば、システムとはじっくりと時間をかけて理解していくプロセスが必要だ。しかし、それではビジネスが成り立たない。本来とビジネスの差が大きくなるほど業界は歪む。いや、もう本来どうあるべきかも、誰一人分かってないのかもしれない。

■考え方にも終わりは来る

 物や生命にも終わりがるように、ビジネスという考え方もいつか終わりが来ると思う。今、破綻しかけているので、そう遠くない未来にそういう時が来るのかもしれない。私の考えが的をえているかどうか。それは見方によって大きく分かれるところだと思う。そこに同意は求めない。

 しかし、今のビジネスという考え方。この先を考えるのは有益だと思う。破綻せずに別の考え方が生まれるかもしれないし、別の形への変化は必ず起こる。少なくとも、エンジニアとして働いているなら、エンジニアとしての本分は外さなければ問題は無いと思う。という、それしかできないのかもしれない。

 エンジニアがビジネスなど考えなくて済むようになった時、本当に技術がダイレクトに活かされるようになる。私はそう思う。ビジネスがITを推進しているのではなく、実は、間に入って推進を妨げているのではないだろうか。そう思えてならない。

イソップ童話「金の斧」を曲解して学ぶエンジニアとしての心構え

2012/11/10 12:14:01

■お前の落としたのは金の斧か?それとも銀の斧か?

 あるきこりが川辺で木を切っていたが、手を滑らせて川に斧を落としてしまった。きこりはきっとこう言っただろう。

「Oh,No---!」

 それは置いておいて、きこりが困り果てていると、川に住む女神が現れて川に潜り、金の斧を拾ってきて、きこりが落としたのはこの金の斧かと尋ねた。きこりが違うと答えると、女神は次に銀の斧を拾ってきたが、きこりはそれも違うと答えた。最後に失くした斧を拾ってくると、きこりはそれが自分の斧だと答えた。 女神はきこりの正直さに感心して、三本の斧すべてをきこりに与えた。

 それを知った別のきこりは、わざと斧を川に落とした。女神が金の斧を拾って同じように尋ねると、そのきこりはそれが自分の斧だと答えた。女神は呆れて何も渡さずに去り、恥知らずなきこりは自分の斧をも失った・・・。

■女神が共感したもの

 女神が評価したのは正直さだけではなかった。きこりであれば、金や銀でできた斧で仕事ができないのは重々承知だろう。そもそも、金や銀は金属としての強度は高くないし重い。実用的で無いと、瞬時に見抜いたきこりの聡明さに関心したのだろう。

 女神は共感を得たかったのだろう。川底で金の斧と銀の斧を見つけて、「誰だ!こんな役に立たない斧を作ったのは!」という話をしたかったのかもしれない。

 物語では語られていない部分で、女神ときこりは色々と話をしたのかもしれない。そして意気投合して、きこりと女神は通じ合えたのだろう。金の斧と銀の斧を貰えた本当の理由。それは共感だったのではないだろうか。

■プロ視点での価値

 金の斧、銀の斧。道具として考えてみれば突っ込みどころ満載だ。PCで例えるなら、天板に金や銀が使われているモバイルPCみたいなものかもしれない。何故に携帯性を重視するのに、強度も無く重いだけの貴金属を使用するんだと。Yahooオークションに出そうとは思うかもしれないが、自分で使おうとは思えない。

 もし、女神が持ってきたのが金の斧、銀の斧ではなく、時空を越えてもってきた最新式の超高性能なチェーンソーだったらどうなっただろう。きこりの心は揺らいだと思う。例えるなら、川からスティーブ・ジョブスが現れ、最新Mac製品のプレゼンをされるようなものだ。

 女神はきっとこう言いたかったのだろう。道具として使いものにならない金の斧や銀の斧より、実際に使われているお前の斧の方が価値があるんだと。

■そして女神は戒めたかったのだろう

 この話を聞いた別のきこり。同じように川に斧を投げ入れたが・・・。ここで私たちは学ばなくてはならない。他人の成功をそのまま実行しても、自分が成功するとは限らない。それは条件が違うからだ。

 別のきこりは、きこりとしての技で稼ぐのではなく、金の斧を売って稼ごうとした。そう、彼に欠けていたのはプロとしての自覚だ。それが前提になる大きな条件の違いだ。故に金の斧に目がくらみ、安易な嘘が口から出たのだ。

 「稼ごう」そう安易に考えた時、人は何かを誤魔化す。危機的状況に陥った時、保身を考えると人は何かを誤魔化す。それが不正直ということではないだろうか。人として強くなければ、正直でい続けることは難しい。

 神は正直な者を助け、不正直な者には罰を与える。というのがこの寓話の教訓だそうだ。ネタっぽく語ってみたが、まんざら間違いではないと思う。誤魔化したくなる状況で正直でい続けること。その姿勢がエンジニアには求められるのではないだろうか。

プロジェクト遂行不能

2012/10/22 22:49:46

■成功の条件

 プロジェクト成功の条件。それは、的確にニーズを拾い上げること、ニーズを実現できる技術力、実行に必要な時間。この三つだと考えている。これらが揃えば、どんなプロジェクトでも成功するんじゃないだろうか。

 しかし、実際はこれに不確定要素というのが加わる。例えば、技術的に欠陥が見つかるとか、急な状況の変化、突然のトラブル等だ。どんなに万全に準備しようとも、こういう事が起こる可能性をゼロにはできないので、プロジェクトの成功率は100%にならないのだろう。

■条件から考えた成功方法

 条件がわかっているなら、そこから逆算すれば成功率は確実に上げることができるのではないだろうか。ここら辺のアプローチは、本やらネットでいろいろな方法が論じられている。それらを読めば適切な方法は浮かぶと思う。

 しかし、どんなに頑張っても100%の成功は保証されることはない。それが現実だ。「それでも成功させるのがプロだろう!」そう言う方もいると思う。しかし私は逆にそういう人の方がプロ意識が低いと思う。100%でないものを100%で見積もるな。という発想だ。

 プロジェクトは失敗しても、次への足がかりになればそれは無駄ではない。失敗しても、うまくフォローできれば、大きな損害を回避することもできる。100%の成功は無理だが、失敗から学ぶことは自分次第でいくらでもできる。つまり、失敗しても何らか学べるような備え・・・次につながる布石というのだろうか。そのような運用方法みたいなものは必要だ。

■実際のプロジェクトの成功率

 実際のプロジェクトの成功率はどうなんだろうか。まぁ、何をもって成功と言うのかは微妙だ。ただ、私のいたSIer系の大型プロジェクトでは、失敗率はほぼ100%だった。納期過ぎたり妥協案で完成にはこぎつけているが、予算と時間の割にえらく品質は貧相だった。

 たとえ条件通りにはできたとしても、実質失敗のプロジェクトになってないだろうか。受注した会社はかろうじて利益を上げたが、納品された成果物のほとんどがやっつけ仕事な品質だったり、条件は満たしたがメンテナンス不能な代物がだったりと。

 このようなやり方では、一時の成功と引換に借金を繰り返すようなものだ。成功の引換に、負債を積み重ねていくことになる。まぁ、まだ数年程はこのやり方でなんとかなるとは思うが。しかし、この方法が通じなくなった時、リアルに”プロジェクト遂行不能”という現実がのしかかるだろう。

■最大の障害はビジネスという思考だ

 ビジネスという考え方もそろそろ限界な気がする。ビジネスはお金の流れを中心に物事を考える。願望とか要求を中心に考える傾向がつよいので、問題解決の方法が雑になりやすい。早く、安く、高品質に、常に何かのメリットが無くては動けない。そういうビジネス的な思考では、どうしても思考に死角が生じる。現実はそんな無謀な要件を満たし続けられるほど甘くはない。

 これに対しての私の答えは、ビジネス・プラス・ワンです。ビジネス以外の分野でも何等かの社会貢献を行うことだ。そうすることで、ビジネスでばら撒いた負債を解消するというやり方だ。ボランティアで地域活動を活性化するのでもいい。何らかの啓蒙活動に参加するのでもいい。IT系でいくなら、自分の持っている情報を発信して誰かの役に立てるのでもいい。

 ビジネスを否定する気は無い。ただ、ビジネスしかできない人では、これからの世を生きていくには不足だろう。見つめるべきは人間の都合ではなく、事実だからだ。そろそろごまかしの利かない時代がくるんじゃないだろうか。自分たちの成功と引き換えにしたものを、一つ一つ清算しなければならない。そのことには気づくべきだ。

虎穴には トラではなくて ワニがいた

2012/09/15 9:39:49

■リスク管理の盲点

 そういえば昔、「なんでだろ~♪なんでだろ~~♪」と歌っていた、ハイテンションなジャージの芸人がいた。リスクという地雷を踏んだプロジェクトにいると、なぜだかあの歌が頭に浮かぶ。偉い人たちがあらゆるリスクに対策を立ててるはずなのに、失敗するのはなんでだろ~♪と、どうも斜めから見てしまう。

 虎穴に入らずんば虎子得ず。そんなことわざがある。相応の利益を得る為には、リスクは必ず伴う。プロジェクトの際には、必ずリスク管理も含まれているはずだが・・・。なぜか炎上してしまう。昔流行ったあの歌を口ずさみながら、リスク管理について冷静に考えてみるとしよう。

■虎穴ではなく墓穴だった

 プロジェクトを達成したところで、初めから利益が望めない。そういうことは無いだろうか。無理すぎる条件なので、採算が合わない。そういうプロジェクトだ。対面上、ギリギリ大丈夫と言われているが、実質実現不能なプロジェクトだ。

 偉い人が、ここに虎の子がいる!とばかりに出した指示。それが一番のプロジェクトの敗因になった。そういう経験をお持ちの方は多いのではないだろうか。虎穴なら虎の子もいるだろうが、墓穴にはそんなのいる訳がない。リスク管理以前に、自らリスクを生み出してしまうケースだ。

■虎子とは実は誇示だった

 偉い人の頓珍漢な指示。これは確かに迷惑だ。しかし、理由も無くそういう指示を出してる訳ではない。何らかの意図で自分の意思を通そうとしているだけだ。仕事の目的は、質の高いシステムを作ること。しかし、個人個人の目的は一致するとは限らない。

 虎穴に入らずんば虎子得ず。このことわざでいけば、虎子は成果物だろう。でも実際は虎子ではなく誇示だったりしないだろうか。虎穴に入ったよー!という誇示だけで終わってしまっては意味がない。虎穴に入ったなら、きちんと虎子を探そう。虎穴の図面を書いて安全対策するのが仕事じゃぁないんだ。そこを勘違いしてはいないだろうか。

■そして最後の言い訳が「ワニがいた!」

 失敗したプロジェクトでは必ず理由が問われる。ここで素直に理由を述べられる人はいないだろう。でも、何らかの理由を説明しなければならない。そこで登場するのが苦しい説明だ。「虎穴に入ったらワニがいました!」例えるならそんな感じの説明だ。そこで真実が明るみになることはない・・・。

 それなりの理由は付けてはくるが、何かが変だ。そういう状態で論議するので、出てくる答えが的を得るはずが無い。むしろ、対策を練れば練るほどおかしくなっていく。そういう歪みが積み重なっていって、大きな歪みが生じてくるのだろう。

 意外と私たちは適当にものを見ている。真のリスク管理は、事実をきちんと認めていく勇気がなければ成り立たない。妥協とごまかしが一番のリスクだ。まず、ここを解消しないとリスク管理なんてできるはずがない。当時のマネージャーに言ってやりたい。

うんこしたら流せ!蓋をするのがリスク管理じゃないんだ!

 さっきツイッターをやっていたら、メンズナックルの話題が上がっていた。そんな事で、メンズナックル風のキャッチコピーでコラムを締めくくってみようと思う。

「偽りで構築されたお前の"プラン"とやらを、真実の天使は嘲笑っているぜ!!」

 

イノベーション?伊野部さんの何なんですか?

■頑張ってるとこは頑張ってます

 iPhone 5が発表された。多くの人が予約の段階で並んだそうだ。ふと頭に浮かんだ言葉は、「ドラゴンクエストの発売日」だ。最近、Apple関連でイノベーションという言葉が使われることが増えたように思えるが、ドラクエの発売。あれもイノベーションだったように思う。

 あれをきっかけに、コンピュータが計算機というイメージから、楽しい物に変わった人もいるんじゃないだろうか。日本に留まらず、世界にも広く影響を与えた。そういう見方をすれば、日本発の大きなイノベーションとも言える。もっとも、たかがゲームの話と思う人が多いので、一般的にそう考える人は少ないと思うが。

■インパクト・スルー

 確かに、AppleやAmazonのような派手な成功を収める事例は、日本には乏しい。ただし、地域単位のイノベーション、業界単位、会社単位のイノベーション。このくらいの範囲でみたらどうだろう。そこそこの事例はあるのではないだろうか。

 小さい事例というのは、インパクトが小さいのでスルーされがちだ。インパクトが小さいが故にスルーされてしまうことを、私はインパクト・スルーと呼んでいる。私はここに問題があると思う。日本のビジネスマンは、もっと小さいことで喜んでもいいのではないだろうか。ITエンジニアでも同じだ。「いや、まだまだだ」とか「もっと努力」もいいけど、小さな成果にも目を向けよう。

 小さなイノベーションを積み重ねてこそ、大きなイノベーションが生み出せる。インパクトの大きさだけがイノベーションじゃない。小さいものなら、意外とそこら辺に転がってるものだ。

■模範解答で通用するイノベーションなんて無い

 プランを繊細に立てる。そのプラン通りに行くことを重視する。偶然や例外、失敗をマイナス要因としてし見る傾向が強い。現代のビジネスマンに、このような思考パターンの人は多い。このようなタイプの人が新聞やテレビ、ネットでイノベーションと頭に付いた記事を読んで、自分もそれを実現したいと思ったとする。

 ここで一つ注意したい。必死にプランばかり練っても無駄だ。イノベーションにたどり着けるプラン。そんなものは存在しないだろう。プランも大事だが、アドリブで対応できる能力も問われるからだ。一般的な理論には意外と抜けが多い。どこかに型破りがあるからイノベーションは実現する。

 模範回答を連発したいと思うなら、イノベーションは程遠い。なぜなら、模範解答を覆していくことがイノベーションだからだ。

■ちょっと戦線布告したくなる気分

 模範回答を覆すというのは、頭の良さだけでは実現できない。やはり度胸は必要だ。間違えると非難は五割増し、どころか数倍になることもある。そう考えると、イノベーションを目指すことは、一種の宣戦布告をすることに似ている。

 ここからは私の個人的な考えだが、イノベーションとははみ出し者が優等生へ逆襲するための手段だと思う。一種の革命だ。高い順応性を持つ優等生なら、イノベーションなんか生み出さなくても順風満帆に過ごすことができる。むしろ覆ってしまったら困ることも多いので、本気でイノベーションを目指せなくなる。

 以前いた会社で、伊野部さん(仮名)という人がいた。絵に描いたような優等生だった。君の語るものはイノベーションではない。集団への甘言だ。私は君に挑みたい。覆したいものがある。それが私のイノベーションだ。

仕事するならしょーりゅーけん!!

2012/09/08 20:27:10

■エンジニアのひっさつわざ!

 エンジニアとして信用を得るためには、ひっさつわざが必要だ。ひっさつわざと言っても、必殺ではない。必察技だ。

  • 「しょう」・・・証明
  • 「りゅう」・・・留意点
  • 「けん」・・・検証結果

 自分の身に降りかかってくる障害を迎撃するために必要なポイントだ。きちんと証明できること、留意点をはっきりさせる、検証結果に基づいて考える。この三つを着実にこなせば、きっと仕事がスムーズに進む。

 つまり、証明するために、留意点をまとめ検証結果を揃えておくということだ。

■営業のひっさつわざ!

 営業として信用を得るためには、ひっさつわざが必要だ。ひっさつわざと言っても、必殺ではない。必拶技だ。 ちなみに「(さつ)」には、「責める、迫る、はさみつける、押しつける」という意味があるそうだ。

  • 「しょう」・・・正直
  • 「りゅう」・・・流暢
  • 「けん」・・・堅実

 相手の信用を得るために必要なポイントだ。嘘をつかずに正直に話せば言葉がつまらずに流暢に言葉が出る。そして、無茶をせずに堅実に頼まれたことをこなしていけば、きっと仕事がスムーズに進む。

 つまり、正直さを持って、流暢に話し、堅実にこなすということだ。

■駄目な会社の必殺技

 だめな会社が人をこき使う時も必殺技を使う。これは人材の能力やらなんやらを本当に殺していくので、ある意味「必殺技」で正しい。

  • 「しょう」・・・象徴
  • 「りゅう」・・・流儀
  • 「けん」・・・権限

 こういうものばかりを主張する会社は要注意だ!社長とか社訓、会社のブランド等の、象徴を仰がせる、流儀ばかり強いる、権限をやたら行使する。こういうことをしていると、思考が止まっていき、きっと仕事が行き詰る。

 象徴を掲げ、流儀を権限で強いるということだ。

■技は人を殺しも活かしもする

 技、それは磨くことで輝きを増す。間違えてはいけないのは、輝くだけなのだ。どういう結果に結びつくかは話が別だ。磨いた技に善悪はない。強いてあるとするなら、技を持つ人の目的に善と悪はある。

 世の中、人を騙すために努力をする人もいる。自分のエゴを押し通すために努力する人もいる。悪人だって努力はしている。努力、イコール善ではない。優れた技、イコール素晴らしいものでもない。

人を活かしてこそ技として価値があるのだ

・・・何が言いたかったのか。それは、ただカッコイイ一言を言ってみたかったのだ。皆様、ご理解頂けただろうか。

日本のITが伸びない理由

2012/09/01 13:09:43

■潜在的能力は間違いなくトップクラス

 日本人はITで世界に通用するか。私はYESと答える。日本人の思考の繊細さは、世界中でもトップレベルだ。また、何かを本気でやろうとした時の集中力と、変なモチベーションの高さがあるる。歴史的に見ても、明治維新やら第二次世界大戦後の復興など、歴史的にも奮闘している。

 あと、日本人を本気で遊ばせれば、すごく面白いものを作るのではないかと思う。ファミコン、Play Stationにしても日本製だ。今では世界中の人が日本の漫画を見てる。最近ではコンピュータに歌わせるボーカロイドなんかが流行ってたりする。あれを考えた人も日本人だ。

 あんなことをすれば面白い。こんなことをやってみたらどうだろう。そういう発想の部分は決して劣ってはいない。むしろ才気に満ち溢れている。世界は刻、一刻と変化をし続けていが、なんだかんだでキャッチアップできる土台は揃っている。

■それでも世界で実力を発揮できない理由

 そういう発想力や思考の繊細さがITに活かされていれば、日本にも世界に誇れるようなIT企業ができただろう。しかし日本には、ITに能力を活かせない大きな障壁も存在する。それが四十代後半以降のおっちゃん世代だ。ファミコンや携帯電話でIT慣れした世代と、感覚に大きな差がある。

 とにかくこの世代のコンピュータ嫌いは根強い。コンピュータは値段が高いし難しい。そういう既成観念を持っている人が多い。こういった方々は業務をシステム化するとか、ITによる効率化という発想があまり浮かばない。メリットを感じないのだ。

 日本では、こういう世代の人が会社を取り仕切っていることが多い。だからITリテラシーが低い。そして、優れた才能が埋もれてしまうのだと思う。

■とはいってもアメリカも大差は無い

 じゃぁ、そういう才能を存分に発揮できればいいのか。というとそうでもないように思う。ITリテラシーの高そうなアメリカでは、技術者間の格差が広がっている。誰でもできるような技術であれば、他の人件費の安い国のエンジニアに仕事をさせる。なので、高度な技術が無いとエンジニアとしては生きていけない。

 確かに、ITのリテラシーは日本より高いと思う。優れたエンジニアであれば、幸福度は高いだろう。しかし、そういう人は稀だ。全体的なエンジニアの幸福度で見れば、大した変わりは無いように思う。これから良いエンジニアが育っていくかというと、むしろ衰退すると思う。エンジニアを大切にしないのは、日本もアメリカも同じだからだ。

 エンジニアを大事にするというのは、優れている人を優遇するだけではない。エンジニアを育てる基盤を作ったり、エンジニア自体の社会的な地位を向上させる事だ。エンジニアを稼ぐための道具と考えているので、こういう状況が起きたのだろう。

■これからのITを左右するもの

 儲けるためのエンジニアを目指すことに問題を感じる。エンジニアの社会的な役割は、世の中の技術的な面を支えていくことだ。そこを忘れてはいないだろうか。稼ぐことしか考えていなければ、IT業界は荒んでいく。それは他の業界にも言えると思うが。

 誰が優れている、劣っているという問題ではない。どれだけ多くの人がITをどう考えているかが、この先伸びるか伸びないかを決める。目先の利益や技術云々だけではない。国家単位、人類単位でITをどうとらえているか。それが未来の方向を決める大きな要素だと思う。

 ある意味、人の思いが未来を作る。というのは真実かもしれない。

Yes, Write Now!!

■そのドキュメント、今じゃなきゃダメです!

 Ahfさんのコラムを読んで、反射的にそう頭に浮かんだ。答えは簡単だ。

 情報はホットな内につかめ!そして書け!

それに尽きる。トラブルが起きた時は、ドキュメントがあればほど迅速に対応できる。時間が勝負なIT業界で迅速であることは、間違いなく一つの価値なはずだ。

 ただし、ドキュメントがあるだけではダメだ。的確でなくてはならない。IT業界でドキュメントうんぬんがよく騒がれるか。これも理由は簡単だ。

 ドキュメントを書くスキルが決定的に低い!

 それ以上に言うことはない。

■早く書くための基盤

 まず、ドキュメントを早く書くためには準備が必要だ。準備するものは二つ。テンプレートと編集の技術だ。テンプレートの質が悪く、編集の技術を勉強しようとしない。そうであるなら、ドキュメントが早く書ける訳がない。

 そして的確にドキュメントを書くのに必要なもの、それは的確な情報だ。ここが崩れているのではないだろうか? もともとの情報が曖昧だったり、認識がずれていたら、書かれるドキュメントの内容は当然崩れる。

 ドキュメント関連のトラブルがあるなら、このような基盤の部分が脆いはずだ。

■改善に適切なアプローチがされていない

 Ahfさんのコラムを読んで二つ思った事がある。一つは、確実に改善策はあるということ。もう一つは、腐りきって改善できない現場もあるということだ。腐りきって改善できない現場の話は避ける。勝手に自然淘汰されるだろう。淘汰された後に再起するための改善策について、検討したい。

 そもそも、ドキュメントを書くにしてもリファクタリングの技術がある。まぁ、ドキュメントにリファクタリングという言葉を使うのが的確かは分からないが、ソフトウェアのそれと似たようなアプローチができる。

 コードを書いている人なら当然、いろいろな工夫をしていると思う。分かりやすい記述を考えたり、構造を工夫したり、使うツールを工夫したりと。ドキュメントにも同じような工夫がされているだろうか。まず、そこを問いたい。

■決定的な解決策。それはモチベーションだ!

 話はそれるが、私がコラムをネタ切れ知らずにハイペースで書ける理由。それは、ドキュメントのリファクタリングの技術を追求しているからだ。面白いと思ったコラムに、カウンターでコラムを書けるのも、その技術を応用しているからだ。コラムを出すタイミングも重要だ。

 多分、コードを書くことに面白さを感じる人は多いと思う。奥の深さがあり、いろいろな工夫ができる。パズルを解いていくような楽しさがある。そういうモチベーションがあるから、技術を高められるのではないだろうか?

 ドキュメントも同じような面白さがある。それに気づけば、強烈なモチベーションを維持できる。そして、現場を改善できる。このドキュメントの面白さが理解されない理由。それも実は答えが出ている。その本質は、onoTさんのかかれたコラム、敬意が足りないと面白味のないモノしか作れないに書かれている通りだと思う。

 つまり、ドキュメントへの敬意が足りないということだ。

 現場のドキュメントに敬意がこもっているだろうか?そこは問う価値はあると思う。

P.S.

 そしてドキュメントを書くテクニックの一つ。何も自分で全部やる必要は無い。前人の残した成果をうまく使わせて頂くことだ。

 そんなことで、先に書かれた2本のコラムに知恵を拝借して書かさせて頂きました。 Ahfさん、onoTさん、ありがとうございました。

迷い人オーバーラン

2012/08/26 9:42:49

■迷うと人の動きは鈍くなる

 仕事を早く進めるために必要なこと。それは迷いをなくすことだと思う。

 迷いをなくすことで大きく2つの利益がある。1つは迷って悩んでる時間が省けることだ。その分、精神力も消費しないで済む。もう1つは、正しく判断できることだ。思考がぶれないので、その分判断の精度は増す。

 迷いは精神的なものとして片付けられることが多い。しかし、迷うには必ず原因がある。原因が必ずあるので、細かく解析していけば必ず解消できる。迷いを随時解消していけば、ストレスが少なく迅速に仕事が進むようになる。それができれば理想的だ。

■迷いへの対処方法

 迷う理由は不安があるからだ。例えば、分からない情報がある、やり方が正しいのか分からない、失敗に対することへの恐怖などだ。成功ノウハウなどの本を読むと、これらをリストアップして理論的に考えるという話がよく出ている。

 しかし、それだけでは片手落ちだ。充分な対処はできない。頭で分かってても不安とか、理論立てて説明できない不安だってある。経験を積むとか、精神的に成長するという方法でしか解消できない不安もある。

 つまり、不安を解消するには理論的なアプローチと精神的な強さによるアプローチと、2通りの方法がある。それさえ押さえておけば、不安に対して適切にアプローチができる。

■業務の進捗は管理するが、不安は管理しない

 不安は放っておくと増大する。不安が多いと迷うようことも増える。こういう状況で仕事をしていると、大きく作業効率を落としたり、突然の大失敗に繋がりやすくなる。

 そんなことで、迷いに対してアプローチを行う事は、業務を円滑に進める上で重要ではないだろうか。もちろん迷いに対してアプローチするには、迷ってる人に対して大きく関わることになる。労力もそれなりに必要だ。しかし、それだけの価値はあるはずだ。

 業務の進捗を管理するように、不安や迷いを管理してはどうだろうか。確かに管理をしにくいものではある。しかし、ノウハウを積んでいけば、いろいろな対処方法を編み出すこともできるかもしれない。決して無理ではないはずだ。

■迷いが一線を超えた時

 これは個人的な経験だが、迷いすぎると物事が考えられなくなる。時間が過ぎて考えると、簡単なことがなぜ分からなかったんだろう、ということがある。あぁ、あの時ああしていれば……と後悔する。

 そんな物事が考えられない状態で仕事をすると、やっぱりはかどらない。そして無駄に残業時間が増えていく。そんな状況を考えていたら、ふと思い浮かんだ一言。

 「迷い人、オーバー・ラン(過剰稼働)」。

 なんか、似たようなタイトルのアニメがあった気がする。

 振り返るってみると、迷いが多いことで残業時間が増えてた。無駄な仕事を随分してしまったものです。落ち着いて対処すれば、もっと残業減らして楽々仕事ができたのではないかと反省してみた。

ウォーターフォール考察

2012/08/12 9:46:41

■実はIT業界だけじゃない

 ウォーターフォールと聞くと、工場や建設でも同じような事やってたぞ。と思う。建設だと、「要求定義」でどんな建物を建てるかを決める。「設計」を行って、大工さんが建てる。工場でも、新製品を作る時は、ライン作業の流れをウォーターフォールで組み立ててた。最初に「要件定義」をして、工作機の配置、人員の配置を設計する。試験運用を経て実運用を行う。

 そもそも、ウォーターフォール・モデルとはソフトウェアの開発モデルだ。しかし基本はありきたりな方法のように思う。結構メジャーなやり方なので、「大規模な事をやろうとしたらこういう風にやるよね。」って雰囲気でこういう方法を取ってるのかもしれない。

■この方法でうまくいかないのはIT業界くらいなものだ

 最近、このウォーターフォール・モデルはうまくいかないやり方の代名詞ようにIT業界で使われているように感じる。実際に不思議なのが、IT業界に限ってウォーターフォール・モデルでうまくいかない事が多いのだ。

 建築や工場ラインの立ち上げにウォーターフォール・モデルという言葉を使うのが適切かはよく分らないが、やり方の流れは似たようなものだ。にもかかわらず、IT業界での失敗の規模や頻度は桁が違う。IT業界にいい加減な人間が多いのかと言うとそうでもない。どの業界にも、平等にいい加減な人間は存在する。

■他業界と決定的に違うもの

 ITと建築、工場ラインの違いとは何か考えてみた。自分なりに行き着いたのは、「ITって、冒険色が強い」という答えだ。少なくとも私の経験した建築や工場ラインというのは、意外としっかりした検証がなされていた。

 一方、ITではどうだろう。未知の技術をいきなり使うようなケースも多い。しかも、十分な検証をせずに「エイ!ヤ!」でどうにかしなければならないケースも多い。特性上、仕事のやり方にバクチ的な要素が高くなり易い。新しい手法や技術がどんどん出てくるので、どうしてもそうなると思う。

■バクチ的要素との付き合い方

 ITの業務というのは理論で組み立てれば計画的に業務ができると思われている。なのでウォーターフォール・モデルがよく取り入れられるのだろう。しかし、実際は予測可能な要素が少ないと私は考える。十分な時間があれば予測可能だが、割り当てられた時間が少ないので予測ができない。変則的なやり方を押し通されて予測できなくなる。現実的にそういう実例を多く見てきた。そこをもっと認めていったらどうだろう。

 気付くか気付かないか。これだけで作業時間が大幅に変動する。優秀な人が集まっても、たまたま気付かなかったというだけで、大きく工数が増えるというのはよくある。農業でいる不作、豊作みたいなものだ。動けば動いただけ成果が出るというものではない。それだけ不確定要素が多いので、ウォーター・フォールのモデルでうまくいかせるのは難しいと考えている。

■相対的価値への値段

 現状、成果物と利益のバランスを取るのは難しい。ITの成果物は一発で完成品ができることが少ない。使い始めてからでないと出来がいいのか悪いのか判断がつかない。お金を払って手に入るものが完成品という感覚になれた現代人にとって、価値のつけ方が難しい。

 ウォーターフォールの手法より、お金を払って手に入るのが完成品。という感覚を変えていく方がうまくいくんじゃないだろうか。投資と同じで、払ったものが直接結果に結びつくとは限らない。そういう感覚じゃないと、失敗した時に引き返すという発想はできない。

 結論として、ウォーター・フォールだろうと良いものは作れる。しかし、それに見合った対価を得るのが難しい。そう考える。良いものを作るより、成果物への適切な対価を判断することの方が難しいのかもしれない。

ファイナル・オピニオン

2012/08/02 11:36:58

■どうせ辞めるを前向きに

 会社を辞めるという行為に、どうもネガティブなイメージが強い。次の仕事が決まっているならまだしも、そうでなければ収入がなくなる。負担から解放されるという反面、今まで積み重ねたものをいったん手放す。笑顔いっぱいで明るくサヨナラを言える人は少数だと思う。なんらか会社にネガティブなものを感じてそこを去る訳だから。

 人が辞める。このイベントを会社側としてポジティブに生かせないだろうか。そこで考えたのが、ファイナル・オピニオンだ。会社を辞める際に、公式に本音をぶちまけさせる機会を設けるのだ。

■辞める人の本音には価値がある

 社内においては、仕事で結果を出している人の考え方が主流になる。仕事で結果を出しているというだけで、必ずしも正しいとは限らない。結果を出している人の意見ばかり通ると、結果を出してない人の意見は黙殺される。そんな事が続くと、組織として考え方が偏ってくる。

 組織として考え方が偏ると、新しいアイディアが浮かびにくくなったり、変革が起きにくくなり、結果として成長しなくなる。そこで、普段聞くことがない本音が、カンフル剤になるのではないかと考えた。実際に辞めるという行為に至るほど、会社の欠点に精通しているわけだ。何らか有益な情報は期待できると思う。

■聞く側は覚悟が必要

 ただし、普段通りふんぞり返っていたのでは貴重な本音は聞けない。どう接すれば辞める人の本音が聞けるのか。そういうことをしようとした人がいないので、どういう態度がベストかはわからない。1つ言えるのは、お客様に接するくらいに気を使う必要があるということだ。

 時に、本音は残酷だ。自分が良かれと思ってやっていたことが、思いっきり否定される場合だってある。精神的にものすごく凹むかもしれない。最悪、誰かの不正を暴露……なんてこともあり得る。聞く方としては、ある意味リスクが高い行為かもしれない。

 また、相手の本音を引き出せるというのは、ビジネスとしては非常に利点が大きい。最も会社に対してネガティブな人の本音を引き出せる能力があったとしたら、ビジネスというフィールドにおいても役に立つに違いない。

■有益な情報を得るにはリスクが必要だ

 「忠言耳に逆らう」とよく言われる。しかし、耳に逆らう言葉を受け入れられるだろうか。普通は自分の気に入るような話しか聞き入れない。嫌いなニンジンと大好きなステーキののった皿を出されたとしよう。大半の人がステーキだけ平らげてニンジンの処理に困る。ちょうどそんな感じだ。

 自分に有利な情報でも不利な情報でも、しっかり吟味することは必要だ。特に人の上に立つような人は、気に入らないものをいくらでも排除できるようになっていく。立場に溺れて状況の悪化を見逃さないために、自分が納得のいかない話でもじっくり聞いてみてはどうだろう。

 いい意味で、どうせ辞める人だ。どんなに衝撃的な言葉を浴びせられても、サヨナラするわけだ。罵詈雑言が飛び出したとしても、どうせ最後だ。きっちり真正面から受け止めてみよう。普段から立場や周りの人にどれだけ支えられているか、実感できるかもしれない。

 どんな人であれ、言葉には平等に理由がある。それは会社を去る人であっても同じはずだ。あなたにファイナル・オピニオンを受け止める器はあるだろうか。人の上に立つ立場であれば、試してみる価値はあると思う。

実質、働かざるもの食うべからず

2012/07/24 10:57:41

■最近、大阪で話題の生活保護問題

 最近、私の住む大阪では生活保護が話題になっている。生活保護について、細かいことは知らないし語る気もない。この制度を巡っての議論で、最近気になることがある。

 それは、「働かざるもの食うべからず」という発想だ。

 この発想をする人は多い。私はこの考え方に疑問を抱いている。ただ、ここで政治について語る気はない。「働かざるもの食うべからず」という発想を起点として、エンジニアとして技術を活せる方法を模索したい。

■抜け落ちた実質

 昔の人は、自然を基準に物事を見ていた。人が死んでも、「仕方ない」と捉えなければならなかったり、理由もなしに天変地異が起こるなど、納得いかなかったことが多かっただろう。こういう理不尽にも説明もなしに納得していかなくてはならなかった。ただ厳しい分、現実は見えていたと思う。

 現代人の大半は、社会を基準に物事を見る。確かに厳しいには厳しいが、人の都合で都合よく解釈できる。構築される理論は高度になったが、説明や理由がなければ納得ができない。昔の人より知能は高くなったが、理不尽には弱くなったのではないだろうか。

 この理不尽に弱いというのが、決定的な弱点になる。理不尽を受け入れられず、無茶なことをすると、ごまかしや無駄が増えてしまう。

 実際、日本のIT業界は驚く程に無駄やごまかしが多い。実現不能なシステムを無理に構築しようとしたり、自分の立場を守るためにごまかしたり、そんな話はいくらでも聞く。実質で見るなら、きちんと働けている人はかなり少ない。

 「実質」というフィルタを通すと、自分たちの思っているより、ずっと世界は違って見えるんじゃないだろうか。

■エンジニアとして押さえるべき実質

 エンジニアとして本当に価値のある成果を残すには、この実質というのが欠かせない。たとえ受注した製品が納期に間に合ったとしても、機能的に欠陥があれば責任を果たしたことにならない。たとえ知識が評価されていても、コードが書けなかったり、仕組みを理解できていないのであれば、実質のスキルは低い。

 この実質を追求することが大事なのではないだろうか。周りの評価や雰囲気で事実を歪めて見てはいけない。実質というものは、立場や理屈ではなく、実際に持ち得ているものだからだ。たとえ偉い人が「ない」と言っても、そこにあればある。頭のいい人が可能と言っても、実際に不可能であれば不可能だ。

 人の都合や理論と現実は別だ。言葉で言うのは簡単だが、これを実行していくのは難しい。エンジニアとして価値ある成果を残したければ、そういう厳しさとも向かい合う必要があるのだろう。

■そして現実は、私達が考えるよりはるかに厳しい

 働かざるもの食うべからず。実質で考えていくと、これからITで食べていける人は少なくなりそうだ。そして実際、給料が安くなったり食べていけなくなってる人も続出している。確かに、正しい理論を言う人は多い。しかし、現実を直視する精神的な強さを兼ね備えた人は少ないように思う。だからこういう現状なのだろう。

 エンジニアに必要なのは、スキルや知識、経験だけじゃない。プラス、理不尽への抵抗力、平常心、覚悟……その他精神的なものもろもろと。スキルを磨くだけでも労力は要るのに、更に精神的なものも求められたらかなりしんどい。そこまで現実というのは厳しいのだと、肝に命じておく必要がありそうだ。

 ただ、厳しさを乗り越えれば確かな満足があると信じたい。きっとそこは間違えていないはずだ。

男の子はみんな、魔法使いになれるんだよっ!

2012/07/19 15:39:18

■君の力で世界を救ってよっ!

 夢見る男の子のみんな、こんにちはー! 今日はみんなにお話があるんだ。君の力で世界を変えて欲しいんだ。今、この世界はえらばれた戦士たちによって平和が保たれているんだけど、新しい戦士がまだ見つかっていないんだ。

 そこで君にお願いなんだけど、君に秘められた力を開放して、僕達と一緒に戦って欲しいんだ! さぁ、恐れるはないよ。僕の言うとおりにしてくれれば、君は最強の勇者になれるよ!

■以上、変な魔法をかけられると、このように世界が見えるそうです。

 とある求人広告に大人の魔法をかけると、こういう風に世界が見えてしまうそうです。

 実情は、市場のシェアを奪うための戦いで、勝ち残ることで会社の平和は保たれるということだ。会社の人の見ている世界は社内が全てなので、世界は平和になるということになる。売り上げをたたきだしたら勇者だよね。

 私達は意外と現実を直視していない。とりあえず面白そうとか、凄いとか、適当なものに思考が左右されてしまう。表向きしっかり考えているようでも、発想の根拠がもろければ、どこか歪んだ結論にたどり着く。

■夢見る男の子が魔法使いになる時

 純粋な男の子が、30年間女性の欲望に巻き込まれずにいれば魔法使いになれる、という伝説を聞いたことがある。でも実際は、欲望に翻弄されると誰でも魔法使いになってしまう。

 そもそも魔法ってなんだ? 例えば、不可思議な呪文で物をだしたり動かしたり、幻覚をみせたりと、ありえない方法でありえない現象を引き起こすと魔法だと言われることがある。ここではそんなものだと思っておいてほしい。

 そういう魔法は、大人の得意技だ。偉い人はいつでも魔法を使う。わけの分からない呪文を唱えて仕事をとってくる。仕事が炎上したら、訳の分からない呪文を唱えて増員を召喚する。そして、訳の分からない呪文を唱えて、責任を霧散させてしまう。

■優れた魔法使のあふれる世の中

 世の中、魔法使いが多すぎる。ないものをあるように見せたり、どうでもいい事柄を重要に見せたりと。たしかにこういうことが自在にできれば便利だと思う。現代社会では、こういうことができる人を非常に高く評価する。

 こういう魔法をみんなが多用するので、何が本質なのか、よく分からなくなる。それぞれが自分の都合のいいように現実を歪めるので、気がつくと本質を外れている。それがひどくなると、社会問題として露呈する。もう、わけがわからないよ。

 しかし、この魔法が効かないものも多い。それは丁寧に書かれたコードだったり、正確に計算された数字だったりする。人がどう考えていようと、コードが間違っていればプログラムは動かない。正確に計算された数字は現状を射抜く。

 このままでは、増えすぎた魔法使いに世界を歪められてしまう。君も、磨かれたスキルを武器に、魔法使いを狩る“ハンター”になって世界に秩序を取り戻さないか!

 ……最近、発想が中学生くらいに逆行している気がした。

 

揉まれると大きくなるそうだよ♪

2012/07/06 11:32:20

■フレッシュな新人を見ていると思う

 新人っていいよね。こう、擦れてないフレッシュな感じが。知らないが故の素直さっていうのかな、真っ白い布みたいだ。新人たちが朝礼で前に一列に並んでいるのを見て、「んふふ、子猫ちゃんたち、いらっしゃい♪」なんて想像が膨らんで止まらんよ。

 これからどういう色に染まっていくんだろうね。無邪気に同期同士で談笑しているのを見て、いろいろ想像してみる。これから待つこの会社での「洗礼」をどんなものかも知らずに。

 ぬかるみに少しずつ足をとられるように、少し、また少しと染め上げられていくんだぜぇ……。まぁ、楽しみにするといい。これから変わっていく君たちをじっくりと観察することにするよ……。

■エロゲ風な導入部分はさておいて

 新卒の方が4月に会社に入って、そろそろ数カ月。そろそろ地金が見えだすころだ。仕事の厳しさにゲンナリする人。うまく上司に取り入ってペースを掴んだひと。いろいろいるだろう。たぶん、世の中というものをその肌で体感して、いろいろな変化を感じているだろう。

 学生時代、どんなに勉強で頑張っていても、サークルで活躍していても、会社で働きだすといったんリセットされる。学校という閉じた世界で作り上げたものを、そのまま会社に持っていけることはまず無い。誰もがノーガードな状態で新しいスタートを切る。学生時代から切り替えのつかない人は右往左往することだろう。

■先輩方はどのようにしてこの難局を乗り切ったか

 先輩やら上司だって、かつてはそんな時代があった。どのようにしてそういう時期を乗り切ったかを聞くと、鼻高々で武勇伝を語りだすかもしれない。ただ実際のところ、ほとんどの人は何もしていないだろう。私も頑張りはしたものの、ノープランで目の前の課題に取り組み続けただけだ。

 今考えれば、まだ何も経験してもいないのでまともなプランなんて出るはずもなかった。よく将来うんぬん、プランうんぬんと話を聞くが、そんなことを考える余裕なんてないはずだ。無計画を推奨するわけではない。計画を立てるための情報を集める段階というのがある。そういう時期は、とにかく経験するしかないのだ。

■諸先輩方は揉め

 そんな考える余裕もなくオロオロしている新人君たちを見て苛つくなかれ。不安を和らげるためとは言え、安易に甘やかす必要もない。

 だからといって、感情に任せて叩くのは絶対にやってはいけない。きちんと揉んでやるんだ。

 人は、社会に揉まれないとなかなか成長できない。揉まれるとはどういうことだろうか。単に関わり合うくらいのことだと思う。それをどう受け取るかは相手次第でいいと思う。

 IT業界は頭のいい人が多い。何かにつけてプラン、対策、準備うんぬんと手段を講じたがる。ただ状況や時間が解決する問題だってある。必ず何かの手段が必要とは限らない。

 PDCAだけが成長の手段じゃない。ただ揉まれること。それも成長には大事なんじゃなかろうか。

使い捨て時代のIT

2012/06/09 15:47:37

■使い捨ての条件

 使い捨てには二つの条件がある。一つは一度しか使わない。もしくは、数回しか使わない。これはよく認識されている。もう一つの条件は、簡単に手に入る。これはあまり認識されていないように思う。あまりに簡単に手に入るので、逆に認識しなくなっている。

 例えば缶コーヒーの缶を例にとる。現在の日本では、街中で360°見回せばどこかに自動販売機があるような状況だ。その自動販売機にお金を入れてスイッチを押せば、誰にでも簡単に缶コーヒーが買える。缶コーヒーを飲んだ後は、缶をゴミとして捨てる。

 提供する側からすれば、缶は機械で安易なコストで大量生産する事ができる。いちいち回収したりする必要はない。基本的には売りっぱなしで、作った分だけ速やかにゴミになる。再利用せずに大量生産するので、経済的に考えると効率よく回す事ができる。

■使い捨ての盲点

 本当にこれを盲点として考えている人がいるのだろうか。と思えるくらい誰も盲点として認識していないように思う。当たり前だが、使って即ゴミになるので、廃棄物が増えるということだ。当然、資源を大量に消費する。

 誰も騒ぐ人がいないのが不思議だが、ごみ処理場の場所も有限だ。ごみの埋立地も使い続ければ必ず限界がくる。処理しきれなくなったら大変なことになる。そして、缶を作るため資源も有限だ。再利用しなければ、いつかは資源を掘り尽くす。

 確かに、自動販売機がいっぱいあって、いつでも缶コーヒーが買えるのは便利だ。しかし、ちょっとした便利さのために必要以上の資源やエネルギーを浪費して、資源の枯渇やらエネルギー問題というのも何か違う気がする。まぁ、そんなこんなで個人的に憤りを感じている。

■で、なんでエンジニアのコラムとしてこれを書いたのか

 ここで訴えたいのは、エネルギーや資源の問題ではない。そんな使い捨て製品と同じ感覚で、エンジニアが使われているのではないかということだ。今の不況の時代、多少安い給料でも優秀なエンジニアを引っ張ってこれる。幹部以外、他から調達してくるというやり方が、使い捨て製品に通じる安易に調達できるという点で共通する。

 エンジニア一人育てるのに膨大なエネルギーが必要だ。エネルギーをつぎ込んで育てたエンジニアを粗末な使い方をする。いや、エネルギーを搾り取ってることさえある。こういう、エンジニアの無駄遣いが、資源やエネルギーの無駄遣いに通じる憤りを感じさせる。

 根本的なところで、この使い捨てで身に着いた感覚がエンジニアの不遇の元凶の一つかもしれない。どんなに努力して有用な人材を目指したとしても、雇う側が使い捨てる感覚なら、必然的にいろいろなズレが生じてくる。

■使い捨て感覚で失う技術的なもの

 この使い捨て感覚だが、技術的にもデメリットは大きい。簡単に手に入り、簡単に捨てる事を繰り返すと、考え方がインスタントになる。何でも"すぐに"、"簡単に"を求めるので、深く考えなくなる。

 また使い捨てした後に、捨てたゴミがどうなるか考えた事はあるだろうか?欲しいと思う時にいつでも手に入るので、前もって用意なんてするだろうか?・・・等々、物事の前後関係を考える感覚が薄れ、安易に物を考える傾向になりやすい。

 こういう感覚でシステムを作ったらどうなるだろうか。ある意味、Excel方眼紙も"すぐに"、"簡単に"という発想の産物だ。テストをすっ飛ばすとか、今流行の安易なコストカットなんかも、安易に物を考えるようになった結果じゃなかろうか。

 大きなシステムがトラブルを起こしたというニュースを聞いたり、どこかのプロジェクトが火を噴いたと聞くたびにこういう事を思う。物を粗末にするが故に、システムまで粗末に扱ってはいないだろうか。そうであるならうまくいくはずはない。

 感覚って、意外なところで変なものが身に付いてしまう。物を大事に使ってみると、いろいろな発見があったりする。たまには違う角度から物事を考えてみてはどうだろうか。

クリエイティブな仕事で稼ぐ方法

2012/05/29 16:00:00

■そもそもな誤解

 クリエイティブ、イコール楽しいなんて思ってないだろうか?

 クリエイティブ、イコールカッコいいなんて思ってないだろうか?

 そう思ってる時点ですでに創造は止まっている。答えとしては、楽しいものでも苦しいものでもない。ただ1つの行為というだけだ。

 優れた芸術家を見てみると、意外と淡々と作品を作る。作った時点で満足はしない。百個くらい満足のいかないものを作って、やっと1つ満足なものができる。そういう世界だ。確かに、満足のいく1個ができた時は嬉しい。しかし、トータルで見れば失敗の方が圧倒的に多い。一喜一憂していたら精神が持たない。だから、淡々と作品を作る人の方が、生き残りやすい。

 芸術家を例に挙げたが、コードを書く人、デザインをする人も同じです。自分の仕事に満足した時点で更なる追求をしなくなる。その時点で、クリエイティブでなく、ただの流れ作業になる。

■スパイスは少量だから意味がある

 センセーショナルな出来事とは、たまに起こるからセンセーショナルなのだ。たとえ毎日に変化があるとしても、それが続けば変化が日常になる。センセーショナルな出来事。それは、幾戦もの平凡な出来事に立脚して初めて成り立つ。

 本来なら、無理にクリエイティブな事をする必要はない。センセーショナルなサービスやイノベーションを生み出せば単純にお金になる。だからクリエイティブに走るだけだ。そんな人にこの言葉をささげたい。

 作りすぎると腐る。

 売りたいだけの、魂の抜けた創造などいらない。

 Webサービスにしても、実質どれだけ利用されているだろうか。使いこなしているのは一部のコアユーザーのみだ。ゲームにしても、買ったはいいが積みゲー(ろくにプレイされずに積まれている)になってないだろうか。生み出されるものは多いが、本当に必要なものはそれほど無のかもしれない。

■クリエイティブに稼ぐツボ

 「良い物やサービスを作って、適切な報酬を得たい」それがクリエイティブに稼ぎたいという人の意見だ。

 それ自体は間違えていないと思う。しかし、方法が間違えている事が多い。ありえないような短期間で良いものを作ろうとしたり、良い物と売れる物を混同していたりする。

 つまり、クリエイティブな“つもり”の人が多すぎる。本当にクリエイティブと言いたいなら、経済という枠の1つや2つ、ぶち壊してみろと言いたい。そのくらいの自由な発想ができなければ、新しいものなんて生み出せない。

 クリエイティブに稼ぐツボは、常人を大きく超える。それだけだ。100人が聞いて100人が納得する結論を追っているようでは無理だ。実現しようとすれば当然難しい。具体的にいえば、100万人に1人くらいの才能を開花させれば、実現すると思う。

■ただ1点、そこだけを目指して突き進む

 クリエイティブであろうとなかろうと、事を成そうと思えば相応の努力は必要だ。自分の持てる力を才能に集中すれば、100万人に1人の才能が開花するかもしれない。お金を稼ぐことに集中すれば、一財を築きあげることができるかもしれない。

 お金欲しい、新しい何かをやりたい、自分の好きな事をやりたい。いろいろなことに意識が分散していると、どれも成しえずに終わってしまう。自分の好きなことで稼ぎたいと思うなら、まず稼げ。それから好きなことをすればいい。もしくは、儲からなくても、自分の好きなことを極める。それから稼げばいい。

 個人的には、成すべきことを淡々と成していけばいいと思う。目的に向けて1歩ずつ進んでいくことが大事だ。一気に多くを成そうとしない。できる事を1つずつ確実にこなしていく。そういう地味なやり方でも、意外とかなえられる目標は多いのではないだろうか。

無料の対価

2012/05/23 17:57:41

■タダとは本当に安いのだろうか

 “タダ”、“無料”“格安”というものが非常に好まれる。インターネットの動画サイトなどで1話無料」といったものもめずらしくない。それどころか、1話無料のコメント欄に「ふざけるな、全話無料にしろ!」というお怒りのコメントさえ書かれる。

 無料といっても、いろいろな無料がある。もう、商品にならないくらいの価値しかないので無料で提供する。知識や情報として、相手に与えても減らないので無料で提供する。商品のお試し版なので無料で提供する……などなど。

 いろんな無料はあるが、それぞれきちんとした理由や戦略がある。たまたま金でやり取りできないから無料、ということもある。

■金でやり取りできない無料

 金でやり取りできない無料。例えばこういうのがある。

それは、君の笑顔と真顔だ。

 ……おい、苦笑いしなかったかい? それは置いておいて考えて欲しい。いくら私が笑顔だろうと、真顔だろうと別に金はかからない。まぁ、営業スマイルというのもあるが、通常スマイル(生活中で発生するスマイル)は基本的に無料だ。

 笑顔とまでいかなくても、安らいだ表情でいる方が周りが明るくなる。人の話を聞く時も、きちんと真顔で聞いた方が誠実だ。とはいっても、心が伴って初めて出てくるものなので、無料といっても条件がそろって、初めて出せるものだ。ゆえに、無料とは言っても、大きな価値のあるものだと思う。

■自由という拘束具、無料という損失

 人は自由すぎると、心のおもむくままに安易な方向へ進み、欲望に翻弄される。無料でいろいろなものを手に入れ過ぎると、余計にもっと欲しくなる。そして同じように欲望に翻弄される。欲望に翻弄されれば物の価値が正確に分からなくなる。

 それを損失と考えるかどうかは、それぞれの価値観にゆだねる。世の中的にみれば、そういう無料がもてはやされて、少ないお金で多くを得ようとする人が増えた気がします。笑顔にしても誠実さにしても、やって当然で対価は無料という風潮さえある。世知辛いものだ。

■形と価値

 IT系やメディア系の業界は、こういう人の影響をモロに受けたように思う。

 売るものがデータなので形がない。きちんと思考力のある人でなければ、価値を見出して対価を支払おうとしない。欲望に翻弄された人に、形のないものの価値を正確に見出すことはできるのだろうか?

 無料という風潮で被った損失は、知性だったのかもしれない。

意外と金にならないクリエイティブな仕事

2012/05/17 11:12:25

■クリエイティブな時点で儲からない

 例えば芸術活動や音楽活動。創造性を問われる割にあまり儲からない。特にエンターテインメントなど、形がないものほどお金になりにくい。もちろん、当たればでかい。しかし、それだけでは食べていけない人も多いようだ。

 それを考えれば、IT技術者はまだマシかもしれない。しかし、クリエイティブにコードを書くより、マネジメントやコンサルティングをやった方が儲かる。結局、コードを書いたりインフラをいじってる内は大して儲からないだろう。

■単純に稼ぐという観点から考える

 「稼ぐ」という観点で考えてみる。少なくとも、働いて収入を得ている時点で、時給換算で考えれば負け組だ。俗にいう「働いたら負け」というヤツだ。真に稼ぐ者は、生まれつき持った資産を運用して少ない手間で大きな利益を上げる。そういう人に時給換算で勝つのは相当難しい。

 また業種にしても、自ら手を動かしてる時点で負け組確定だ。本当に稼ぐ人は、人を使って収入を得る。立場を使ったり、直接お金の流れを操作したりと。稼ぐだけに主眼を置くなら、まず人間関係でうまく潜り込んで弱い者から吸い上げる。それが一番効率がいい。作る人より売る人の方が儲かる。さらに儲かるのが、元から持っている人だ。

 理不尽だがそれが現実だ。コードやらインフラいじってる時点で、奇跡でも起きない限りそうそう儲ける事はかなわない。大金を得てウハウハという生活を目指す手段としては、お粗末極まりない。

■作り出すという価値

 何かを創り出すこと。それには確かに価値はある。しかし、ダイレクトに金銭的な価値に換算して理不尽さを醸し出すのは違う。金銭的な価値は金銭的な価値、創造性は創造性だ。なんでもかんでも金銭に換算して考えるのは現代人の悪い癖だ。

 アーティストは金だけでは実現できない、「表現」という手法で人の心を動かせる。金にならなくても、そこに確固たる価値がある。エンジニアにしてもそうだ。どんな大金にも変えられない世界の技術を支えているのだ。

 クリエイティブな仕事をする人は、いつの時代も必要とされる。ただ物を持ってる人、お金を持ってるだけの人は消費するしかできない。スポンサーとして出資はできても、本人が創り出すものは何もない。一見恵まれているように見えるが、何かを創り出す感動を味わうこともほとんどない。精神的に見れば、学ぶことの少ない人生を歩むことになるだろう。

■価値に対しての見返り

 創造性に対して何の見返りは名誉、そして人に認められることだと思う。創造性は人の成長の手段であり、稼ぐ手段としては貧弱だ。悲しいがそれが現実だ。

 もし、世界中の人が食うに困らなくなったとしたら、次に求められるのは精神的な満足感だ。それを満たすには創造性は必要とされる。文明がこれだけ発展しても、まだ食い扶持を賄うだけでも苦労は絶えない。精神的なものに価値を見出せる段階に私たちはたどり着けていないのかもしれない。

 創造的な仕事がなぜ儲からないか。これが私の考えた結論だ。稼ぎたいなら、お金を稼ぐことに集中するべし。創造性を発揮したいなら、条件整えて才能を存分に発揮するべし。

 きちんとどちらかに集中すれば、納得のいく結果は得られると思う。お金か精神的満足感か。どちらかでもしっかり手に入れれば、それでいいじゃないか。両方とも得ようと躍起になることはない。

SKK特集 即戦力 Part 3 ―戦慄するヒヨコたち―

2012/05/09 12:18:33

■新卒に言う即戦力とは何だろう

 最近の企業は無責任だ。新卒を募集するのに「即戦力」という言葉を使う。社会経験がない新卒の人は、この即戦力が何だか分からないじゃないか。例えば、アメリカ人をコテンパンに言いくるめられるレベルの語学力とか、新宿のど真ん中で変態仮面のコスプレをできる度胸、数学オリンピックに出れるレベルの計算能力とか、もっと具体的に提示すべきだ。

 就活をする学生たちも、求められるものだから、即戦力、即戦力と口にしだす。どんなものかも分からずに身に付けようとするので、トンカツを頼んでプリン・アラ・モードが出てくるような現象が起きる。つまり、企業に対して言いたい。「甘いんだよ」と。

■思えば自分の欲しいものさえ見失っている

 ITの現場だってそうだ。要件を出す人が、出来上がりのシステムをきちんとイメージできてなければ、きちんとしたものは納品されない。同じように、求める人材のイメージもきちんとイメージできてなければ、いい人材が来るはずもない。

 イメージというと、よく勘違いされる。イメージは願望ではない。プランだ。こういう人が来てほしいという夢を膨らますのではなく、どういう人を確保するかの計画だ。そこに現実性がなければイメージではない。妄想だ。

■妄想という敵に戦慄するヒヨコたち

 この妄想を突き付けられた就活生は大変だ。この即戦力の意味を理解できる人はいないだろう。もともと答えなどない、ただの妄想なのだから。

 社会に出た立場として思うのが、新卒に対する即戦力とは、ただのダミー要件だということだ。本当は表ざたには言えないような条件がある。ここは、会社によっていろいろ違いはあるが、例えば世渡り上手とか、要領がいいとか、基準として提示しにくい内容だろう。中には、個人的な直観とか、単に美男美女で選ぶ採用者もいるようだし。

■即戦力という裏に秘められた思い

 なぜ、新卒に対して即戦力などという言葉を使うのだろうか。それは優秀であって欲しいという思いと、自分たちに合わせてほしいという甘えが混じった一言だろう。いっぱしの企業が、本気で寝言のようなことをぼやくとは思いたくない。

 にしても、なぜ労働力を「戦力」という言葉で表すんだろうか。世界は戦争が減って平和になったはずなのに。と思ってるだけで、経済戦争に形を変えて戦争は続いているのかもしれない。きっと、考える余裕のある人は、ほとんどいないのだろう。今年の七夕は、短冊に「世界平和」と書いて吊るしておこう。そんな思いが沸いてきました。

※SKKとは

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 コラムをシリーズ化する場合、なんか見出しがあった方がいいかなと思い、適当に考えました。

SKK特集 即戦力 Part 2―募集者よ、ちょっと深呼吸して落ち着け―

2012/04/27 11:53:04

■即戦力という言葉の裏

 即戦力の求人募集に応じて、うまくいった人というのはどのくらいいるのだろうか。それなりの数はいると思う。逆に散々な目にあった人も多いと思う。私はどちらかといえば、痛い目にあったことの方が多い。

 即戦力で痛い目にあった理由として、勘違いがあったように思う。求める側が即戦力という言葉を使って、欲しがっていた人物像が見えていなかった。いや、人物像なんてなかったのかもしれない。単に「どうにかしてくれ!」という叫び声の代用として「即戦力」という言葉が使われていたようでした。

■何か不自然に感じたこと

 これは特定の案件というより、求人募集の際、こういう対応をよく見かける。

  • プロジェクトが炎上してるのに、面接時はやけに自信に満ちている
  • 要求レベルが異様に高い
  • 質問の返答が曖昧

 たぶん、プロジェクトが炎上していてじっくり考える余裕がなかったと思われる。本当に欲しい人物像が見えずに、とりあえずハイズペックそうな人を選ぼうとしているのだろう。そういう考え方だと、こういう対応になるのかもしれない。

 自分が困ってるのに、やけに上から目線だったりする。謙れとまでは言わないが、お願いするという姿勢はあってもいいように思う。仕事でなければそれが自然だ。自分が困ってるのに、いっぱしに要求ばっかりしてくる友達がいたとしたらどうだろう。協力するかしないかは別として、いい気分はしないだろう。

■それならいっそ「困ってる。助けてくれ!」

 このようなプライドばかりが高く、押し付けがましい募集のやり方だと、働きだしてからもギクシャクしそうだ。私は実際にギクシャクして大変だった。

 それなら肩肘張らずに、「困ってる。助けてくれ!」とか、「伸び悩んでる。協力を求む」とか、そういうスタンスで募集してはどうかと思った。いっそ、弱さをさらけ出して本当の会社を見てもらってはどうだろうか。

 来る人のスペックも大事だけど、きちんと歯車がかみ合うことも大事だ。来る人の「がんばります!」と募集する人の「頼みますよ!」がかみ合ってこそ実力が発揮される。そのために必要なものは、実は募集する側の素直さだと考えているわけです。

■実際の即戦力

 実際、即戦力として来た人が即戦力になってるかは微妙だ。戦力というより、元いる人に合わせるのがうまいという方が合っている。逆に来た人の実力が高すぎると、理解できずにうまくいかない。

 そんなことで、業務を冗長化できても成長させるのは難しいのが現実だ。良きにせよ悪きにせよ、現状を作り上げたのは元からいる人たちだ。どんな人が新しく入ってこようと、もとからいる人が変わらないと組織に変化は起きない。

 人を入れることで組織を変えようと思うなら、入れた人から多くを学ぶしかない。どんな有能な人が来ても、自分たちの従来の方法を押し付けてばかりでは、変化は起きない。即戦力を求めるのはいいが、即受け入れ態勢はできているだろうか。募集する人は一呼吸おいて確認して欲しい。

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SKK特集 即戦力 Part 1 ―放置プレイの免罪符―

■即戦力募集

 即戦力。IT系の募集に限らず、仕事の募集を見るとよく見かける。つまり、現場に来てすぐに役に立ってくださいよ、と。教育期間をほとんど設けず、自分で勉強して仕事できるようになってくださいよ、と。なんとも都合のいい話である。

 即戦力というと、雇われる側としては「そんな都合のいいことはあり得ないぞ!」というイメージが強い。いかにも企業側の怠慢の産物と思われがちだが、まっとうな即戦力というものは存在する。

■即戦力で動く職場

 即戦力とは、企業が育てなくても入った時点で、ある程度の結果が出せる人材である。教育もせずに結果を出すなど、都合のいい話だ。しかし、条件次第で、即戦力は成り立つ。

 例えば工場での仕事。来て数日でラインに入って仕事をこなしている。工事現場でも、親方の指示の元で即戦力として動いてる人もいる。発想力を武器とする作家やジャーナリスト、芸能人等もある意味、即戦力と考えられるかもしれない。

■そこにステージがあるから戦える

 一般的には、能力が高ければ即戦力として通用すると考えられている。しかし、能力とは条件を覆すものではない。能力を発揮するには、条件が必要だ。

 体力のみが問われるような力仕事にしても、工程などの仕組みはきちんと考える人が考えて、環境を整えてくれている。ジャーナリストには、媒体は出版社が用意している。芸能人には、ステージはテレビ局やらが用意している。

 即戦力が成り立つ条件は、個人より団体に求められる。能力を発揮できる基盤が用意されているなら、即戦力という考え方におかしなことはない。IT系で即戦力が成り立ちにくいのは、この基盤が崩壊していることが多いからだ。もともといる人がろくに仕事ができないような基盤では、新しい人がすぐに活躍できるはずがない。これは単純に知識とか経験で覆せるものではない。

■即戦力は教育放棄の理由にしてはいけない

 即戦力を考える上でもう1つの問題。それは、誰が人を育てるのか、という問題だ。結局、即戦力と入ってきて役に立っていても、育てる必要はある。即戦力で結果を出せていても、長く結果を出すためには教育は必要だ。即戦力イコール教育の必要のない人材ではない。

 教育する余裕がないというのは理解できる。しかしそこで教育を放棄すると、いつしか人の育て方を忘れてしまう。そうなると組織としては致命的だ。じりじりと衰退していくしか道はない。そうなってしまった企業は思いのほか、多いのではないだろうか。

 即戦力を募集するのは企業としては当然だ。しかし、社員教育の義務を放棄するために“即戦力”という言葉は使わないで欲しいものだ。

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ヌーベル・ホウレンソウ (仏:新しきホウレンソウ)

2012/04/26 15:55:24

■言わずと知れたホウレンソウ

 前にコラムのネタとして書いたのだが、組織の行動規範(というのだろうか)としてホウレンソウというのがある。

  • ホウ……「報告」
  • レン……「連絡」
  • ソウ……「相談」

 日本で働いてる人なら一度は耳にしたことがあるだろう。若い世代よりおっさん世代の方がこの言葉を重要視するみたいです。心ばかりか報告と連絡がダブるような気もする。

 20年前の日本であれば、そこそこ大きいとこの正社員になれば食いっぱぐれない。そういう時代ならこのホウレンソウで十分だったかもしれない。今どきの組織でホウレンソウを徹底したとしてもどうだろうか。組織はうまく回るのだろうか。

■新時代のホウレンソウ

 IT業界の先進的なところで働いてる人の話を聞いていて思う事がある。どうも新しいホウレンソウというのがあるなと。その新しいホウレンソウとは、

  • ホウ……「方針」
  • レン……「連携」
  • ソウ……「創造」

の3つだ。特にWeb系など今伸びている分野や、高度な技術を誇る組織の話などで、この3つを感じる。

 今、伸びている組織にはこのホウレンソウを育んでいる。具体的な行動というより、組織の土台に当たる部分の要素だ。誰かにやらせるのでなく組織として条件を整えていく。そういう傾向があるように思うのです。

■今の人は意外と考えている

 なぜ「報告」「連絡」「相談」という、従来のホウレンソウに疑問を感じるのか。私も実際にやってはいるが、従来のホウレンソウは1つ1つの行動に対してしか答えをくれない。行動の意義、自分の役割の意味などは、対象外として答えてはくれなかった。

 昔は組織に従っているだけでも結果は出せた。最近はそんなに甘くない。自分で深く考えて行動しないと結果は出せない。個人が組織を見る時代になった。優秀な人は組織を見て、自分がこの組織にふさわしいかを考える。

 組織として答えを出せなければ、優秀な人材はどんどん去っていく。そこで優秀な人材を確保するために必要なのが、この新しいホウレンソウだ。

■個人が組織に求めるもの

 従来のホウレンソウも必要だ。個人が組織に対して行う行動規範としては重要な要素です。しかし、個人から組織への行動規範であって、組織が個人に対してどうあるべきか、何をすべきかは含まれていない。

 昔はそんなことを考えなくても、安定した収入たポストを与えることができた。個人もそこまで深く考えずに「この組織についていけばいいや」くらいの考え方でついていっていたのだろう。

 しかし今は違う。個人が組織に対して非常に細かく観察するようになった。組織が個人に行動規範を求めるように、個人も組織に対して何かを求めるようになった。それがこの「方針」「連携」「創造」という新しいホウレンソウだ。

 社会状況が変わり、働き方もこれまでと大きく変わった。そんな中、意外と個人は進化してるのではないだろうか。新しい考え方が、いつか組織の在り方を変えてくれると信じたい。もしかしたら、未来は自分たちの思うより明るいのかもしれない。

~おまけ~

 ホウレンソウといえば、蓮舫さんを思い出す。昔は好きだったんだけどなぁ。蓮舫とザボーガーと北野武。よくも悪くも変わった三者のコラボレーションの動画があったので、ここに載せておく。

http://youtu.be/3gzh4DI3TCA

キャプテン翼で戒めるプロジェクトマネジメント

2012/01/31 10:41:13

■見ている分にはかっこいいが、やったら危ない

 『キャプテン翼』は、少年ジャンプの黄金期を築いた漫画の1つである。熱血サッカー少年のスポ根漫画だ。巨人の星のサッカー版だと解釈している。今、マネジメントに関わっている人はこの漫画を見て育った世代だろうか。

 えらくカッコイイ漫画で、プロのサッカー選手の中にも本作を見てサッカーを始めたとか、ファンだったという人がいるそうだ。でも、冷静に読むとこの漫画、非常にツッコミどころが多い。よく、漫画のキャラクターを真似をしたら危ないと子供の頃注意されたが、このキャプテン翼も真似をしてはいけない漫画の1つだ。

 見てかっこいいからといって真似しちゃだめだ。かっこいいけど、やったら危ない。ちなみに、「やったら危ない」と言うが、「やたら危ない」と「やったら(実行したら)危ない」とちょっとかけてみた。

■少年たちがしのぎを削る危険プレー

 このキャプテン翼だが、中国雑技団も顔負けなアクロバティックな技がいろいろあった記憶がある。小学生がオーバーヘッド・シュートをかましたり、そのオーバーヘッド・シュートをオーバーヘッドシュートで止めるという荒業をやってのけていた。

 そしてインパクトが強かったのがスカイラブハリケーン。うまく説明できないけど、要は1人を踏み台にして思いっきり飛び上がって蹴る。そういう技だった記憶がある。スパイクをはいて相手を踏み台にするので、ちょっとでもずれたら流血の大惨事だ。

 こんな危険プレーが目白押しなので、怪我人は多かった。でも、君のプロジェクトでもないだろうか。オーバーヘッド・タスクをオーバータイム・ワークで止めるような荒業とか、他社のサポートを踏み台にしてとりあえず難を逃れるとか。そんなマネジメントを見たことがある。

■そもそも反則技が多い

 ゴールポストを蹴って三角飛びをしたり、よじ登ったり。そして、人をはじき飛ばす強引なドリブル、スライディングタックルの嵐……。サッカーのルールに詳しいわけではないが、今思えば明らかに反則行為だ。

 当時、武闘派だった私は、この漫画を見たせいでサッカーのルールがよく分からなくなった。サッカーって人を弾き飛ばしていいものだと思い込んでしまい、授業のサッカーで足払いやらスライディング・タックルを常用したため、相当嫌われた苦い思い出がある。

 キャプテン翼の怖いところ。躊躇せずに全力で反則技を使うので、それがルールに見えてしまうことだ。君のプロジェクトでもないだろうか? 正々堂々と反則技。これで成果が上がってしまうと、逆に格好良く見えてしまうところがまた怖い。

■結局、普通にやった方が効果的

 派手な技が目白押しなキャプテン翼だが、意味不明な技が多い。わざわざオーバーヘッドでシュートするなら、普通にヘディングシュートでも良さそうな気がする。普通に役立っていたパワー系の必殺技って、実はただの強力なシュートだ。

 どうも、運動神経を無駄使いしてないだろうか。また、キャプテン翼というが、実際は無茶に頼る傾向が強い。キャプテン翼というより、スパルタ翼という印象を受ける。そんな人を率いる人が率先して無茶をするところが、うまくいかないプロジェクトマネージャとだぶって見えてしまう。

 漫画のぶっ飛んだ描写を見て笑う人はいる。しかし、自分の力量を超えた無茶をすると、漫画みたいな発想をしてしまう。けっこういます。スカイラブハリケーン級の無茶な指示をだすプロジェクトマネージャが。現実でこういう必殺指示を出されると対応できない。

 実現不能な事を実現しようとすると、つい漫画的な発想をしてしまう。そういう傾向があると思う。逆にそこを認識して戒めてみてはどうだろうか。現実の問題を打破する1つのポイントだと思う。

“じょしりょく”で切り開くIT業界の未来

2012/01/24 11:16:38

■今話題の女子力

 巷のお姉さま方が日々磨きをかけている女子力。実のところ、これがなんだかよくわかっていない。平たく言えば、女性の魅力といったところだろうか。ファッション誌などを見てると、オシャレな服を着ておいしいものを食べたり、いろんな体操やら美容法を行うと女子力がつくらしい。

 確かにきれいな女性は大好きです。しかし、きれいなだけではしょせん、性的な魅力にすぎない。そんな女子力で動くのは、軽い男の欲望くらいのものだろう。女性としての魅力も、確かに女子力だ。しかし、もう一段階上の女子力というものがあるのはご存じだろうか。女性だからこそ発揮できる力。そういう女子力だ。

■女性の本当の強み

 女性は男性より腕力が劣る。論理的思考も苦手な人が多い。仕事においては、不利な要素が多いように見える。しかし、女性にはこれを覆すだけの力がある。それこそが“じょしりょく”いや、“助支力(じょしりょく)”だ。この助支力が、女性は男性より強い。

 助支力とは、助け、支えていく力のことだ。つまり、自分が矢面に立って道を切り開くような力でなく、そういう人をサポートして支えていく力だ。女性は、この力に長けているように思う。専業主婦は、見方を変えればサポートのプロフェッショナルである。男性であれをできる人はそういない。

■助支力無しに戦い抜くことは難しい

 一般的に力のある人というのは、独力で道を切り開いているイメージが強い。が、実際はいろいろな人に支えられて能力を発揮している。会社でも人事や総務など、影で支えてくれる役割があるから、うまく回るのだ。

 また、助支力が高い人が集まるとお互いが支え合うので、チームワークが良くなる。「俺が俺が」とスキルを競うような切磋琢磨のやりかたもある。でも、しんどい状況でお互いが支え合うという切磋琢磨もある。時代的にはそっちの方が合ってる気がする。

■これからのIT業界は助支力で決まる

 IT業界を見渡すと、向上心が求められるからだろうか「俺はこんなすごいことできるんだぞ!」と息巻く人が多い。そういう人は、組織にある程度は必要だ。だが、もう、そういう人は十分出そろっているので、そろそろ別の雰囲気を持つ人が求められるのではないだろうか。

有益な言葉

2012/01/20 23:30:53

■とある何気ない会話 

 先日、従兄弟と会った時の何気ない会話だ。私が最近の近況を話しててこんなことを言った。「オレって変わってるから、女性受けがあんまり良くねーんだよね」。それに対して、従兄弟はこういった。「いや。そんなに変わってるなんて言わなくていいんじゃない?」

 私はハッと気付いた。自分で自分でダメだと思い込んで自分の価値を落としてたんじゃないかと。変わってると言っても、個性という武器になる。ようはそれができるかどうかだ。自分の見方一つでそれが決まることもある。

 何気ない会話であったが、自分の中に大きな気付きのある一言だった。今後、この言葉をよく心に留めておこう。

■受け止めてその価値は分かる

 有益な言葉はセンセーショナルであるとは限らない。心地よい言葉とも限らない。内容だけとれば普通の一言という事もある。重要なのは、その言葉の背景や裏付け、何を考えてその言葉が出たかということだ。

 さらに言えば、本当に有益な情報は、カチンとくる一言だったりもする。その一言にカチンとくることで奮起し、結果が出たこともある。振り返れば、カチンときたけど利益に繋がったので、私にとっては有益な一言だったということになる。

 自分を変えてくれる言葉は、自分では分からない。かけてもらって初めて分かるものだとつくづく思う。

■万人の言葉に聞く価値がある

 自分を本当に変えてくれる言葉は、いつ、誰が発するかわからない。だとすれば、私たちにはどんな人の話でも真面目に聞く必要があるのではないだろ うか。この人は偉いから話を聞く、この人は自分より能力が無い。だから話を聞く価値が無い。そう考えていると、自分に有益な言葉を聞き逃してしまう。

 実際どうだろうか。人の言うことを聞かないエンジニアは現場で結果を出せない。客の話は聞いて、作業を頼む人の話を聞かないようなプロジェクトマネージャだと、客の評判は良くてもプロジェクトは破綻する。

 立場の上下、能力の差、考え方の違いに関わらず、万人の言葉には聞く価値があるのではないだろうか。

■必要なものは与えられる

 言葉は常に与えられるものだ。自分の日々の言動にふさわしいものが与えられる。その与えられたものを、自分の都合で選りすぐりばかりしてたらどうなるだろう。本当に自分に必要な言葉をかけてくれる人がいなくなるかもしれない。

 そもそも人の話を聞く余裕が無いというのは、精神的な乏しさの現れとも言える。自分の過去を振り返ればそうだった。人の話に勝手に格付けすると、逆に自分が人に格付けされてしまうのではないだろうか。

 人の言葉はコンピュータの吐くログではない。いろいろなものと複雑に関係しあうので、内容だけで簡単に、有益か無益か判断がつくものじゃない。まず、じっくりと受け止めてみようではないか。

真面目に働くと腐る

2012/01/11 11:14:10

■真面目さは絶対の正義ではない

 お客様の要求を真摯に受け止め、実現するために最大限の努力をいとわない。それでいて、日々、スキルアップの努力を欠かさない。これがエンジニアの理想像だと思う。こういう人が真面目と言われ仕事で評価される。

 そこは私は同感だ。しかし、お客様の方針が間違えていたり、業務プロセスに重大な欠陥があったらどうだろう。逆にこういう姿勢が仇となることも考えられる。

■お客様は神ではない

 まず、お客様というポイントを考えてみたい。もし、お客様が仕事の請負先の人たちの成長を心から願うような人で、全ての人の利益のために事業を営むような人なら問題はない。しかし、資本主義で回っている現代において、そういう人はまずいない。少ない資金でより多くの利益を得ようとする。それが普通だ。

 こういう人の要求を真摯に受け止めて実現しようとすると、必ず無理が生じる。なので、現実的には真摯さプラス何かで業務が回っている。

 また、この様なお客様の要求を実現すると、社会的に競走が激化する。無茶な成功が実現すると、次も同じやり方をしたり、他の会社も同じやり方をまねるから。つまり、お客様が自分の利益しか考えていないようなら、要求を実現させるほど間接的な不利益が生じると考えられる。悲しいが、これが現実だ。

■自分の会社が絶対ではない

 次に、スキルアップというポイントで考えてみる。このスキルアップだが、社内で評価されるためのスキルアップか、純粋な技術を追い求めるスキルアップかによって、結果が違ってくる。

 社内で評価されるためのスキルアップをする上で見極める点、それは、評価する人がまともかどうかという事だ。ここを間違えると、スキルアップしたつもりがタダのイエスマンになってたりする。

 純粋な技術を追い求めるにしても、注意は必要だ。技術を高めることで、慢心が生じるからだ。技術が上がると、どうしても自分が正しいと思いやすくなる。技術を身につけるということは、1つの観念を確立することだ。その分、頭が固くなるというデメリットがある。これは客観的に見れば良く分かると思う。

 そして、業務プロセスに欠陥があると、いくらスキルを高めたとしても成果は期待できない。それを認識しないで成果を出そうとすると、身体を壊したり精神を病んだりする。ごまかしで対応して、その場を乗り切る人もいるが、後々しんどい思いをする。

■それでも真面目さは必要です

 このように言うと、まるで真面目に働くことが悪いかのようだが、そうではない。真面目さだけだとダメだということだ。仕事だからと盲目的に従うことが問題なのです。

 今、自分たちに欠けているのは、考えること、ではないだろうか。たくさんの情報に流されて、1つ1つの情報を深く思索することができなくなっている。だから業務を真面目にこなすほど、思い通りの結果がでなくなると考えている。

 つまり、真面目さは適切な条件のもとでなくては、結果に結びつかないのだ。自分の取り組んでいるものに対して一度、じっくり見直してみてはどうだろうか。何か違った境地が見えるかもしれません。

○○しかない人

2011/12/20 11:13:29

■現在増殖中

 表題のとおり○○しかない人が増えている。この○○の中にはいろいろな言葉が入る。例えば、仕事しかない人、技術しかない人、体裁しかない人、などなど。別の言い方をすると、視野の狭い人と表現できる。

 これら○○しかない人たちは、広い視野で見る事が苦手なので、人間関係や業務の進行においてネックになりやすい。このような人を何らかの方法で減らすことは、より良い労働環境には欠かせない。

■君の見る世界は広いか

 視野が狭いと言うと、どうだろう。自分の視野は広いのか狭いのか気になるところだ。これに対する答えは難しい。なぜなら、絶対的な基準がないからだ。

 例えば、仕事のことを考えているか、技術のことを考えているか、周りの人のことを考えているか……など、リストアップすることは可能だ。ただし、リストアップしたとしても、それをつける人の見解が必ず入るので、高い精度を求めるのは難しい。

■私の考える一つの基準

 そこで1つ、視野が広いか狭いかを判断する基準を提案したい。それは、新しいものを生み出せるかどうか。という基準だ。

 新しいともの言うと、成果物と混同する人が多いので注意してほしい。話題とか仕事のパターン、行き詰まった時のちょっとしたアイディア。ここで言う新しいものとは、そういうものと考えて欲しい。

 自分の持つ引き出しが多ければ新しい発想は出やすい。もしくは、固定観念が少なければ発想は自由だ。これをもって、視野の広さと考えてはどうだろうか。

■1つ注意すること

 この視野の広さだが、実は何かを得るほど狭くなるのはご存知だろうか。例えば、仕事で役職や立場を得ると、それに執着して視野が狭くなる。自分の得た技術に執着すると、同じように技術に執着して視野が狭くなる。

 技術、立場、名誉、何を得るにしても代わりに捨てるべきものがある。それはエゴという名の執着だ。こいつに気づかないと、気づかない内に「○○しかない人」になってしまう。

 目の前のものに必死になるのは分かるが、振り返るのを忘れちゃいけない。人はそれを「反省」と言う。

プロの使う道具と技

2011/12/15 14:31:19

職人に関するシリーズもののコラムに感銘

 ……を受けたというわけではないが、関連するコラムを書いてみたくなった。

 私のような投げやりエンジニアとは、一味違う独自の視点が面白い。ぜひ一読いただきたいコラムです。もし、私が同じ題材でコラムを書いたとしたら、

 投げやり崖っぷちエンジニア vs. リア充チョコレート職人

という感じになってしまう。読む人すべてを切なくさせる自信がある。

 本当のプロは、道具の選び方が細かい。美容師で1本5万円くらいするハサミを使ってる人の話を聞いたことがある。また、私の習ってるハーモニカの先生は、演奏だけでなく楽器をバラして組み立てる方も達人だ。

 高度な技は、洗練された道具に支えられているのだ。

■で、ITのプロはどうだろうか

 そんなことで、とあるエンジニアの話だ。ツイッターでフォローしてる某開発系のエンジニアがボヤいていた。

 「ブルースクリーンなんだが、もう帰っていいってことですかねw」

 「5分経ってもExcelファイル開かないんだが……」

 クライアントPCの管理をしていた立場とすれば、不遇をお悔やみする次第でございます。

 電源が通ってればPCは使えると思ってる会社は多い。いろいろなツールを検証して効率のいい仕事方法を模索するような会社はまれだ。ほとんどの会社では、IT系のツールが使いこなせていないどころか管理すらずさんだ。

■道具を使いこなす気はあるのだろうか

 ExcelとWordをぶち込んで「あとはそっちでヨロシク!」と投げやりに渡されたPC。いろいろなツールを使いたいが、管理が面倒くさいという理由でいつも却下される。使用するソフトもバージョンが未だに10年前のものだったり、フリーで使えるバージョンだったりと。

 最高級品をよこせとは言わないが、道具はプロとして扱ってほしい。ソフトも常に最新版とは言わないが、目玉機能が追加されたタイミングで入れ替えるとか、ある程度は投資は必要じゃないか?それが無理なら、せめてフリーのツールの検証や検討くらいは積極的にして欲しい。

 金とかそういう問題だけじゃない。

 自分たちの使う道具に対して愛が足りない。

IT資産の上に構築された技術

 粗末な道具ばかり使っていると、仕事も粗末になる。道具の性能をフルに活かそうという姿勢がないので、当然の結果と言わざるを得ない。IT以外のリアルな職人の間では常識だが、二流の職人でも最初は道具の扱い方から教える。その道具の手入れがきちんとできて、使いこなせるようになって、初めて仕事を任せる。そのくらい、道具の扱いは大切だ。

 道具の使い方が見えると、自分の扱っている技術が分かる。技術が分かると、間違った使い方をしない。間違ったとしても修正ができる。これは理屈ではなく、実際にできるようになった人でなければ分からない。

 ろくに道具の使い方も知らずに仕事をすると、ずさんな成果が生み出される。ExcelやWordの使い方も知らずに仕事をするのでExcel方眼紙が生まれ、Eclipseの使い方も知らずに仕事してると、珍妙なコピペコードが出来上がる。

 道具を使いこなすこと。これは確かな技術の裏付けと考えている。

横向きドキュメントが気がかり

2011/12/09 10:45:37

■ある事に気づいた

 どこの現場でもドキュメントを作る。最近、IT系の現場で作られるドキュメントにある共通点があることに気づいた。ほとんどのドキュメント(手順書以外)の用紙が横向きなのだ。

 必要最低限の内容は記載されているので、ドキュメントの最低ラインの用件は一応、満たしている。しかし、内容以前に横向きドキュメントの多さに何か違和感を覚えた。

■日常生活に見る縦と横

 まず、縦と横の話をしておく。これは誰が言っていたという話ではないが、ビジュアル的なものは横長、文章は縦長。そういう傾向がある。縦長のテレビ画面って一般的には無いです。また、用紙が横向きの文庫本も無い。一般的な本のほとんどが縦長だ。たまにある横長の本は大抵ビジュアル本だ。

 ここで1つ、不思議に思うことがある。一般に出てる技術書、解説書は用紙の向きが縦なのに、なんでドキュメントは用紙が横向きなのか。一般的な書籍ではのように用紙が縦向きなら、見開きで2ページ確認でき流れがつかみやすい。実際、ページがめくりやすいので前後関係の確認もしやすい。

■文章を書けないエンジニア

 もしかして、ドキュメントを作成する際、文章を避けてはいないだろうか。確かに、つらつらと文章を書くと内容は難しくなる。しかしIT系である以上、扱う対象にある程度の複雑さは必ず伴ってくる。簡単さばかり求めて、その複雑さに向き合えなくなったエンジニアが増えたんじゃないだろうか。

 実際のところ、現場で見かけるドキュメントの大半が図と表で埋め尽くされている。ドキュメントというより工事現場の設計図に近い。構成や設計は分かるが、文章の説明がないので内容が浅い。

 本屋に行ってみよう。専門的な本は、図を補助的に使って文章できちんと説明をしている。図と表中心なのは、操作方法を説明した入門書が中心だ。分かりやすいドキュメントも大事だが、図や表だけで済ますのはいただけない。

■図式を多様する本当の理由

 よく図で説明するとわかり易いと言われる。確かにそうだ。そこは否定しない。しかし、図を使えば安易に誤摩化せてしまう。表にデータを羅列して、適当に図を矢印でつないでいくと、それっぽいドキュメントが簡単にできてしまう。すぐに作れる。これが図式を多様する本当の理由のように思える。

 文章で説明するには、自分の中できちんと整理されている必要がある。図はイメージで書けるが、文章は明確に理解していないと書けない。このイメージと明確な理解の差は大きい。それがドキュメントの背景にあるものだとしたらどうだろうか?

 横向き用紙の図式中心のドキュメントが駄目だとは言わない。しかし、適当な図で誤摩化しているドキュメントほど、横向き用紙のExcel方眼紙だったりする。文章中心でドキュメントを書けるか。これは、きちんとドキュメントが書けるかの1つの指針として考えている。

ファイナルストライク

2011/11/28 12:02:08

■とあるゲームの技の名前

 ファイナルストライクとは。とあるゲームで、武器を破壊する代わりに強大な攻撃力を発揮する技だ。レアな武器でこの技を使うにはちょっと勇気がいた。キャラクターは死んでも蘇るが、この技を使った武器は消滅する。ある意味、キャラクターが死ぬよりインパクトのある技だった。

 まぁ、昔のゲームの話なのでうろ覚えだ。この技の名前って、仕事してたりするとたまに頭の中をよぎることがある。

■リアル・ファイナルストライク

 この「何かを代償にして、強大な攻撃力を得る」という技だが、たまに現実でこれに近いものを見かける。現実の場合は、子供さんの運動会とか、楽しみにしてたライブの予定を休出に代えて一気に仕事済ますとか。

 私の場合、予約してた旅行を突然キャンセルしてこのファイナルストライクを発動した。この技を現実で使うと、すごく後味が悪いというか、勝っても勝った気がしないのが悲しいんですよね……。

■ファイナルと言いつつネクストがある

 だが現実は厳しい。このファイナルストライクを発動しても、たいていは一時しのぎにしかならない。こちらがファイナルでも、困難にはネクストがある……。何かを失ってなお戦い続ける。そんな戦況に、あるアニメで聞いた台詞を思い出す。

「僕がお前達に教えた戦い方……それは、消耗戦だ!!」

 教えたはずなんだがスルーされているんですよね。しかも、そのアニメみたいに何かを守るためとか崇高な目的も無い。強いて言うなら、守るものは明日の食いぶちかなぁ。

■よく考えてみた

 こうもファイナルストライクを連発すると、ファイナルがファイナルでなくなる。気がつくと、代行策を考えて「仕方ないかな……」という雰囲気で済ませてしまう。

 慣れる事で確かにしのげるようにはなるのだが、何かを失ったような気がしてならない。案外、本当のファイナルストライクは予定とか時間じゃなくて、精神的な何かを代償にして発動させていたのでは……。

 そう、何かを代償にした覚えがない。「失って気づくものもあるさ」なんてカッコつけてる場合じゃない。とりあえず、何を引き換えにしてるのか己に問うてみることにする。
 

最強のエンジニアはどこにいる

2011/11/22 11:08:43

■君の隣にもいる最強のエンジニア

 あなたの思う最強のエンジニアとは、どんなエンジニアだろうか。スーツをビシッと着こなしたプレイングマネージャだろうか。それとも、プロジェクトの皆から信頼の厚い、コミュニケーション能力に長けたエンジニアだろうか。

 これから、私がとあるプロジェクトで関わった、最強のエンジニアの話をしよう。

■俺は奴を「ソルジャー」と呼びたい

 とあるプロジェクトでの話だ。初めてあの人と会ったのは、とあるミドルウェアの検証作業だった。隣のチームでヘルプ要員として、どっかからか引っ張ってきた人だった。その検証作業というのが、非常に怪しい検証作業だった。あまりにも怪しかったので、たまたま隣にいた彼と話したのが最初だった。

 彼の技量はすごかった。その検証していたミドルウェアについて、メーカーサポート並に詳しかった。経験豊富で、言うこと1つ1つに裏付けがあった。また、いろいろなOSの特性もよく知っている。技術的なことに関してかなりな練達だった。プロジェクトは毎度のごとく炎上していたのだが、彼の序言をこっそり得ることにより、プロジェクトの抱えていた技術的な問題をまるまるクリアですることができた。

 彼の話によれば、いろいろな現場を転々と、技術1つで渡り歩いたそうだ。分かりやすく言うなら、火消屋というやつでしょうか。あらゆる無茶と無理を乗り越えてきた猛者だった。彼に敬意を込めて、「ソルジャー」と呼びたい。

最強とは、我々の思い描くようなものではない

 ただ彼は、一般に思われるような理想的なエンジニアとはかけ離れていた。立場で言えばマネージャでも社員でもない野良エンジニア(?)だ。また、話が長く声がでかいので、隣のチームからクレームが来たりもした。そんな癖のある方だった。

 そんなこともあって、致命的な危機を回避した功労者であるに関わらず、うちのチーム内での評価は高くなかった。実際、彼のすごさはきちんとコミュニケーションを取らないと分からない。

 優れたエンジニアが埋もれる理由。それは、私たちが勝手に描いたイメージで判断するため、本当に優れた人を見分けられないんじゃないだろうか。

■現実とイメージ

 現実とイメージのギャップで間違った見方をすると、相手の実力を見抜けない。まず、先入観を取っ払って相手と同じ目線で話してみよう。現場は意外に才気にあふれています。むしろ偉いと言われる人ほど世迷いごとをぼやく。

 案外、隣でボーッとネットを閲覧してるダメダメ君が最強だったりするかもしれない。現場の低レベルさに呆れて、ネットを見てるのかしれない。事実は小説よりも奇なり。君の現場にも、最強のエンジニアがひそんでいるかもしれない。

養鶏所か大空か

2011/09/22 13:36:51

■最近、会社に着くと思うこと

 最近、会社に行くと養鶏所のオーラを感じる。実際に鶏がいるわけではない。そこにいる人の動きや仕草が鶏っぽかったり、キーボードをカタカタ叩く音が、鶏の餌をつつく音に似てたりする。席を立って周りを見渡せば、机の並び方が養鶏所のケージの並びにそっくりだ。

 ついでに言うなら、働き方も鶏っぽい。与えられた仕事を何も考えずにやる。うまくいかないと、コケコケと騒ぐ。ただ、追われているという焦燥感だけで仕事をこなすのもどうだろう。

■ケージは閉ざしてこそ意味がある

 養鶏所のケージにきゅうきゅうに詰まっている鶏を見て、可哀想だと思ったことはないだろうか? そうとも言えない。ケージというのは、鉄壁の檻であると同時に、鉄壁の鎧でもある。固く閉ざされた檻であるほど、外敵が入り込めない。つまり、中にいる限り安全なのだ。

 会社という器の性質が、どうもこのケージという檻にそっくりだ。何か皮肉めいたものを感じてならない。だからと言って、独立とか起業をしたいわけではない。

 この皮肉めいた空気というか、性質というか、そういうのをぶっ壊したい。

■その、ぶっ壊したい何か

 ぶっ壊したいものが不鮮明で、業務内容やら上司、部下に当たることもある。しかし、そんなことじゃ何も変わらない。それよりも大事なのは、己を変えることじゃなかろうか。職場で息苦しさを感じる人が多いようだが、解決策をすんなり出せる人はなかなかいないようだ。乗り越えるのべきものが間近にありすぎるがゆえに見えていないのかもしれない。

 己れの敵は己だ。昔、そんなことを言った人がいたそうな。

 確かにそうだ。ぶっ壊すべき対象が自分であれば、そう簡単にぶっ壊せない。ある意味、最強の強敵だと思う。自分、といってもいろいろある。以前身につけた知識や考え方だったり。恐怖心や不安だったり。時に誘惑だったり。経験上、こういうのを乗り越えたり、覆したりしないで何かを得られた試しがない。

■鶏も飛ぶそうだ

 鶏って飛ぶらしい。野性化した鶏は、数十mほど飛ぶそうだ。(By Wikipeia)本来飛んでたのか、飛べるようになるのか分からない。が、それだけのキャパシティーのある鳥だということは言える。飛べる鶏が、充実感を感じているのか。それは分からない。しかし、ケージ飼いの鶏より元気で活き活きしてるのは確かだ。

 いろいろ理屈はついてまわるが、人間も、本来もつ能力を発揮したいだけなのかもしれない。事実、何か新しい技術を習得したり、自分の思うように事を進めることができると嬉しい。まぁ、自己実現というやつだ。

 望むものが守られたケージと餌か、それとも大空か。それが重要だ。さぁ、己に問うてみようか。

変化に流されないために

2011/09/21 11:05:53

■エンジニアには革新が求められる

 エンジニアといえば、常に変わりつづけることが求められる。スキルを習得したり、新しい技術へ対応していったりと、努力を惜しまない人の多い業種といわれている。また、技術を素早く習得できるというのも1つの評価のポイントになる。

 そして、何かを“変える”とか“変わる”というのをキーワードに業務が回る。変わること、変えることで1つの価値観を作り出していく。そういうスタンスを強く感じます。

■変わるといっても悪く変わることもある

 まず変化について。変わるといっても悪く変わることもある。変化=達成ではない。自己啓発なんかでモチベーションを常に維持できるようになると、何でもできそうな気分になる。実際、ある程度の思うような自分になることができる。しかし、精神性が追いつかずに強欲になって人望を失うケースもある。

 自分は開発がやりたい!と、意気込んでIT業界に転職してみたものの、飛び込んでみたら阿鼻叫喚の残業地獄だった。なんてこともたまに聞く。

 あくまで、変化は変化だ。下に行くか上に行くかは別の問題だ。現状維持と行動はのバランスを維持して、吟味を加える必要がある。“変える”とか“変わる”というのをキーワード作り出した価値観が、たまにバラ色の落とし穴になったりする。

■自分を貫くというスタンス

 自分で変化しなくても、まわりが変わっていきます。変化を求める人は気をつけてほしい。自分が変わり続けるのではなく、実際は変化に流されていないだろうか。技術的なものも流行がある。流行にキャッチアップすることにエネルギーをロスしてないだろうか。

 変化を追うとは逆に、自分の価値観を貫くというスタンスもある。自分のいいと思ったことを地道に深めていくような価値観だ。自分の価値を置くものを深めていくことで、1つの流れを生み出していく。新しく流行を作る人というのは、流行を追う人より、こういう自分を貫く人かもしれない。

■自分という原型を見つめる

 自分を変えていくことは大事だ。しかし、今の自分を維持しつづけるのも価値があることだと思う。意固地になって自分を押し通すことを推奨している訳ではない。技術にしても、内面的なものにしても自分のテーマという決めごとをしたらどうだろうか。

 このような決めごとは守り通すことで力になる。軽い情報に流されにくくなったり、意志が強くなったりする。ちょっとした簡単なものでもいい。自分のできる範疇で決めれば十分だ。これが変化に流されないための一番の対策になると思う。

ネタは練った?

2011/09/13 11:28:05

■ネタの重要性

 コラムニストの人と話していると、たまにコラムのネタに関する話題が上がる。ちなみにうちの親父は新聞記者をやっていた。記事のネタの入手には非常に重要だと言っていた。

 文章を書くうえでネタは大事だ。ただ、いつもいいネタに巡り合えるとは限らない。ネタに拘りすぎると、いいネタがないと文章が書けなくなってしまう。文章を書く人にとって、ネタがないときどうするか。ここが重要だ。

■ネタと素材だ

 ネタとは素材みたいなものだ。料理みたいに、下準備したり、煮たり焼いたりと、手を加えていく必要がある。集めたネタは、読む人が分かりやすいようにうまく料理して、目的という名の皿にうまく盛りつけて完成する。

 例え元々のネタに鮮度がなかったとしても嘆くことはない。組み合わせ次第で目的にカッポリはまることもある。逆に、いいネタがいっぱい思いついたからといって詰め込みすぎると、何が言いたいか分からない駄作を書いてしまうこともある。

■エンジニアにとってのネタは知識と言えよう

 これは文章の例だが、IT系エンジニアであればネタは当然、知識になる。経験もそれに含まれるかな。この知識や経験が非常に重要だ。これらの精度や深さがネタの質にあたるところだろう。

 しかし、知識や経験が豊富だからといって、成功するとは限らない。自分の知識や経験を押し過ぎてまわりと衝突したり、知識や経験とは別に、目的を見間違えたりする。そういう失敗もある。逆に、知識や経験が足りなくても、みんなで助け合ったり知恵を出し合ったりして成功する例もある。

■元からある素材だけでは決まらない

 そもそも、ネタに優劣はないと思っている。同じように、エンジニアにも決定的な優劣はないと思っている。ネタなら練ることで膨らむし、経験や知識なんてなければ身につければいい。

 最初から必要なものが揃っているなんてそうそうない。簡単に決め込まずに、じっくり思考を練ることで突破口は見えるのでなかろうか。

 ネタで全ては決まらない。あくまでも“ネタはネタ”なのだから。

ドキュメント書くのって、本当は楽しいんだよ

2011/08/18 18:24:47

■書くことは楽しい事だ

 もともと何かを書くということは楽しい事だと思う。子供のころ、誰もがやった落書きみたいな、そんなワクワクするような感じがあるはずだ。ドキュメントを書くにしても、そういうワクワク感が本来はあったんじゃないだろうか。ただ、仕事でドキュメントを書いていて、そんな事を感じる人はほとんどいないと思う。なぜつまらないのだろうか。

■本当に伝えたい事が伝えられない

 ドキュメントには目的がある。これはよく言われている常識的な話だ。しかし、ドキュメントに魂があるとは感じた事があるだろうか?ドキュメントというと分かりにくいが、小説なんかだと、生々しく魂がこもってたりする。

 大事なのは、ドキュメントの裏側だ。ドキュメントを書くにあたり、どういう事をしたか。それが大事だと思う。実際、ろくに検証もせずに書いたドキュメントは、なんかうすっぺらい。また、「これだ!」という確信を持ってドキュメントを書くのは楽しい。そして、中身も濃い。

 ドキュメントを楽しく書くには、確信や納得って必要です。

■練り上がっていく楽しさ

 ドキュメントって、一発目に書いたものは大体ボロボロだ。読めば読むほど粗さが目立つ。これを何度も見直したり、検討したりして、完成度を高めていく。これが楽しい。ちょうど、プラモデルを作るような楽しさがある。

 考えてもみてください。新聞記者だって、最初に書いた原稿には校正がばしばし入る。プロだって、なかなか一発で完成品を書くのは難しい。文章のプロでもないのに、一発で完全なものなんて書けるはずがないんだ。

 じっくり書けばいい。書いてるうちに、面白さを感じる瞬間があるんだよ。

■読み返す事で学べる

 ドキュメントの読むべきポイントは着眼点だと思っている。同じものを見ても、人によって書くドキュメントの内容は違う。これが良いとか悪いとかじゃなく、着眼点を見定めていく事で相手の考えてる事が見えてきます。

 ドキュメントを書いた人の見てない部分を自分が見えたなら、そこを補っていけばいい。もし、自分に無い着眼点を持っているなら学べばいい。

 別に人の書いたものじゃなくてもいい。自分の書いたドキュメントを読み直してみると、過去の自分の考え方がよく分かる。そういうのを見て、忘れている事を思い出したり、過去を反省したりして、一歩先に踏み出せたりする。

 書いたドキュメントを読み直すと、いろいろ発見がある。

■公式文書の方がヘタクソだったりする

 まず、ドキュメントの標準化。これをやっているプロジェクトには、ロクなドキュメントが残っていない。なぜなら、言われたドキュメントしか作らないので情報にヌケが多い。しかも、お客さんに無理に合わせようとして、内容がぶれてる事が多い。

 そもそも、ドキュメントを書く意図が的外れのように思う。「これを見れば、誰でもできるように……」とか、「誰が見ても、一発で分かるような……」なんて注文を受けることがあるが、それは絶対無理だ。もし、そんなドキュメントが書けるなら、本屋に行けば誰でもITのプロフェッショナルだ。分かりやすく書く事は大事だが、複雑なものは複雑だ。理解するのに時間はかかる。それをドキュメントだけで覆す事は無理です。

 そんなスッとぼけた要望の元で作られたドキュメントより、誰かの残したメモ書きのテキストファイルの方が核心に迫るアドバイスが書かれている事があったりする。例えば、上司の思考の傾向がリストとか。思えばあれが一番仕事の役に立った気がする。

■もっと、楽しん書くべきだ

 ドキュメントって、理論体系の土台であるような気もするが、実はそうではないと思う。肝心な部分は話を聞かないとなかなか伝わってこないし、確信はやらなきゃつかめない。難しい事が書いてあると、途中で読みたくなくなる。突き詰めると、読ませる工夫や情熱が必要になる。内容ばっかりに気を取られて、ここが抜けていないだろうか?

 音楽とか絵画と同じだとは言わないが、共通する部分も多いと思う。ドキュメントもひとつの作品だ。書くことに楽しさを感じないドキュメントでは、伝わるものも少ない気がする。

 ドキュメントは、もっと楽しく書けるはずだ。

スーツ脱げ。

2011/08/11 18:53:43

■服というシンボル

 びしっと着こなしたスーツ。なんか、それだけで仕事ができるっぽく見えてしまう。そんなクールなお姉さんが電車でとなりの席にすわる。アタッシュケースから取り出した雑誌は……。

 「少年ジャンプ」

 服装と読んでいる雑誌のギャップに萌えそうになってしまった。

 立場の高い人は、それを示す服装をして立場を示す。特定の職業の人は、その仕事に合った服装をする。それがそのまま、仕事を示すシンボルのようになっていく。服は自分の立場や役割を示す重要な道具だと思う。

■エンジニアにスーツは要らない。

 会社で働く時にはスーツを着る。私はこのスーツというのが大嫌いだ。なぜなら、スーツを着ていると、ビジネスマンに見えてしまうからだ。

 この、ビジネスマンに見えてしまうというのが曲者だ。スーツを着てエンジニアの仕事をしていると、ビジネスマンとエンジニアを混同してしまう人がよくいる。いろいろな業界で働いた事があるが、IT業界独特の特徴だ。スーツを着て家を立てる大工はいない。スーツ着て野菜を売る八百屋もいない。エンジニアには、もっとエンジニアらしい服装があるはずだ。

■引き締まるのはいいが、固すぎだ。

 スーツを着ると、確かに気は引き締まる。気持ちが仕事モードに切り替わる。が、それがうっとおしかったりする。スーツを着て気が引き締まるのはいいが、紐でぐるぐる巻になったボンレスハムみたいに固くなる人がたまにいる。

 仕事で緊張して固くなる上に、さらに固いかっこうをする。うっとうしい事この上ない。しかも、この夏の熱いときに、ぴっちり上着まで着てくるな。なんというか、日本人独特の堅苦しさが漂う。しかも、エンジニアだと話まで固い。はっきり言って、勘弁して欲しい。

■エンジニアの人はスーツを脱ぐべきだ。

 結論として、エンジニアにスーツはふさわしくない。LANケーブルを引き回したり、サーバをバラすような肉体労働もあったりする。機能性を追求する業種であるエンジニアなのに、機能性の悪いかっこうで仕事をするのはおかしい。

 また、中途半端なビジネスマン気取りでスーツ着てお客さんと話すから、無茶な要求を突きつけられるんじゃなかろうか。相手がプロのビジネスマンであるなら、こちらはプロのエンジニアとして対面するべきだ。かっこうで立場の差をアピールする事も必要だ。

 実際は、社会的な事情があるので好きなかっこうでは働けない。しかし、着てる物に流されず、中身はブレずにエンジニアでありたい。

ガガガッ! ガガガッ! レディー・ガガ!!

2011/07/12 16:01:03

■歌う!鋼のサイボーグ

 レディー・ガガさんがすごい。前から思ってたのだが、インパクトがすごい。あの幾何学的でド派手な衣装がサイボーグのように見える。見た目がセンセーショナルであるだけでなく、実は歌もうまい。

 ただ目立つだけでなく、きちんとした後ろ盾を持っていろいろやってるように思う。ぶっ飛んでるように見えて、実は計画的で堅実だったりするのかもしれない。

■常識歪曲!XXXXxXX・XXXX----!(ピー。)

 そして、着目すべきは、既成概念をバッサバッサとなぎ倒していることだ。次に何が出てくるのか分からない。あれだけセンセーショナルな存在であり続けるのはさすごい。常識をねじ曲げる説得力を秘めていると言っても過言ではないだろう。

 そこで、考えをIT業界に移したい。既成概念をバッサバッサとなぎ倒して、センセーショナルなサービスを提供する。これは業界としての1つの目標たりえるように思える。彼女のようにとは言わないが、常識の斜め上を行くサービスを提供できる人こそ、Web系の職場では常に求められている。

■奇跡!神秘!真実!夢!

 そういう斜め上を行くサービスを提供しようと思ったらぶち当たる壁がある。それが常識だ。特に、大人世界のお作法というべきだろうか。それをぶち破る勝利のカギは…!

 奇跡!神秘!真実!夢!

 こいつを心に熱く燃やし、立ち上がるんだ!!

 …多分、これを読んだ多数の人がきょとんとしてると思う。しかし私はまじめです。実際、会議でどれだけ議論したとして、こういう遊び心やわくわくするものが無ければいいサービスなんて生まれやしない。

■僕らのミストレス!

 それを実際にやってのけたのがレディー・ガガさんだと思う。並みの女性ではできないような恰好で、躊躇もせずに堂々とパフォーマンスを繰り広げる。一度上った大人の階段を、途中で止まって飛んでったみたいです。

 えー? と思うかもしれないが、やってみると楽しいはずです。人とは違ったアプローチで、常識の一歩先を越して成功した。これは、エンジニアとして学ぶべき点が多い。そんな彼女を私は、「ミストレス」と呼びたい。

仕事とは、罪深いのかもしれない

2011/07/08 15:30:35

■しごとと言ってもいろいろある

 一概にしごとと言ってもいろいろある。実質を字で表すなら、

  • 私事 (自分の都合だけでやる仕事)
  • 使事 (人を使うだけの仕事)
  • 紙事 (紙面上だけの仕事)
  • 飼事 (己の考えを黙殺され飼われるようにやる仕事)

 まぁ、エンジニアにとって一番馴染み深いのは”死事”(デスマーチの類)だろう。最初から、どうやっても無理だろうと、突っ込み入れたくなる。

■考えてみれば、私たちは罪深いのかもしれない

 ちょっと考えてみると、仕事をするにも私たちは多くの業(ごう)と関わる事になる。

  • 企業
  • 事業
  • 業務
  • 営業

 おいおい、どれだけ業に満ちているんだよ・・・。歴史の教科書見てみても、企業っていうのも本格的に出てきたのはここ百年とかみたいだ。詳しくは知らないが。

■実は戦争と同じ原理で動いている

 現在、一応世界は平和ということになっている。公に鉄砲やらで人を撃ったり、刀で切りつけられるようなことがない。しかし、経済活動の裏を見てみると、実質戦争だ。

 先進国が発展途上国から搾取したり、社会的な立場が低い人から搾取する。これって、戦争で勝った国が、負けた国から物を奪うのと似たようなものだ。シェアの奪い合やら、仕事の取り合い。そんなのは日常茶飯事だ。つまり、自分の利益を巡って争いが絶えないという事だ。

 そういう意味で、会社という形式に携わるような言葉に”業”と付くのに、納得がいく。この言葉を言い出した人、物事をよく見ていたと思う。

■いつの時代も人は変わらない

 いい意味でも、悪い意味でも。結局、”争い”を軸にしてしか動けないのだろうか。物は飛躍的に進化したのに、人の内面は二千年前から大して変わっていない。いや、むしろ貧しくなってるかもしれない。

 ただ、悲観はしていない。第二次世界大戦後、日本は物質的には非常に貧しくなった。しかし、貧しさをばねにして、ここまで経済的に発展できた。同じように、精神的な貧しさを嘆いても、それをばねにこれから大きな変化があるのかもしれない。

 案外、私たちの未来は明るいのかもしれない。

君は爺さん(婆さん)になってもエンジニアとして食っていけるか。

2011/06/14 17:14:22

■エンジニアとしての寿命

 一時期、「エンジニア35歳定年説」という言説が蔓延していた。人間である以上、年を取れば体力も気力も衰える。なので、エンジニアとしてばりばり働けるのは、せいぜいが35歳だろう。という内容だったと思う。

 本当にそうだろうか。いろいろな視点から考えてみたい。

■後継者がいないので、自然と現役でいられる

 実際の現場を見ると、30歳半ばを過ぎてもいまだに一番下っ端で、年下がいない……なんて話をたまに聞く。実際、出生率がだんだん下がってきて、若い人が減ってきている。それに伴い、自然と現役エンジニアの年齢が上がっていく。その結果、35歳定年説を覆してしまうのではないか? なんて思う。

 また、現場が人を育てないため、業務をこなせる若い人が減ったり、企業も“即戦力”ばかり求めるので、経験のある30~40代でないと仕事が回らなくなったりしてないだろうか。

■年代に合った働き方

 確かに、年をとると気力、体力は衰える。だからと言って、役に立たなくなるかというとそうではないように思う。そう、年配者の後方支援能力は目を見張るものがある。これを生かせば、日本はいい方向に覆る気がしてならない。

 確かに、若ければ第一線でばりばり働ける。ただ、同じノリで一生働くのは無理だ。それぞれの年代には、それぞれポジションがある。また、それぞれの性格にも見合ったポジションがある。エゴむき出しで理想を追いかけるより、それぞれの役割を見直すのもいいと思う。

 それぞれの能力も大事だが、組み合わせも大事じゃなかろうか。

■結局はやり方次第

 爺さん、婆さんというとヨボヨボしてるというイメージがある。しかし、80超えても山登りしてる爺さんもいる。黒柳徹子もあの年になってもテレビでしゃべくりまくってる。年をとるとヨボヨボするとは限らない。

 老いると元気がなくなるのではない。普段の行動次第じゃなかろうか。

 若さに頼って無茶ばかりすると、ある時点で燃え尽きる。元気な年配者は、何らか、マイペースで自分の居場所を確保している。ここにエンジニアとして長く食っていくための秘訣があるように思う。

 がむしゃらに突っ走るだけが能じゃない。長く働くためには、長く働くためのペースで働く必要があるんじゃなかろうか。

ベスト・オブ・メンバーを目指そう

2011/05/20 15:44:00

■リーダーになる人 

 多くの人は、優秀だからリーダーになった。頑張ったからリーダーになった。そう考えるかもしれない。ただ、現実ではかならずしもそうではない。相対的に優れた人がリーダーをやっている事が多いと思う。

 相対的に優れた人とはどういうことか。自分の属する団体において優れている人だったり、ある1点において能力を発揮した人のことです。また、悪い方に優れていてもリーダーになることもある。例えば、嘘の付き方がうまい人や、暴力に優れた人だ。

 こういう場合もあるので、リーダーという立場というものも、人間的評価というより、1つの肩書き程度に考えておいてもいいんじゃないか。

■リーダーは、人間の体でいうと脳みそに例えられる

 リーダーは、組織の意志決定を行う要になるので、よく人の体で言えば脳みそに例えられる。しかし、ここで問う。脳みそが良ければよい意志決定が行えるか。答えはノーだ。

 よい意志決定をするには、よく見える目や、細かい音を聞き分ける耳、そういう繊細な感覚が必要になる。どんなに脳みそが優れていても、インプット、アウトプットが乏しければ、良い判断はままならない。また、判断した事を実行するには、強靱な手足が必要だ。

 こういう、感覚や手足の役割をするのが、組織におけるメンバーだと思う。

■時代はベスト・オブ・メンバーだと思う

 持論だが、リーダーというのは自然発生的に決まるものだと思っている。最初から役割で決めるのも無理がある気がする。ただ、何か組織に属する以上、組織のリーダーが優れている事に越したことはない。

 自分の属する組織に優れたリーダーが立つ条件。1人ひとりが良いメンバーであることではないだろうか。メンバーそれぞれが優れていることで、初めて優れたリーダーが見いだされるのではないだろうか。

 政治にしても、会社にしても、優れたリーダーが現れない理由。それが、優れたメンバーが少ないからじゃなかろうか。だからこそ、時代は”ベスト・オブ・メンバー”が求められているのではなかろうか。

■ベスト・オブ・メンバーとは

 単純に言えば優れたメンバーだ。何のひねりもないけど。ただ、優れ方もいろいろあると思う。フォローがうまいとか、単純にフットワークが軽いとか。いろんなタイプがいる。

 そして、最大のポイントが、大部分の人が無理なく手に入れられるポジションだということだ。多くの人が無理なくこのポジションを手に入れれば、リーダーとしてふさわしい人が勝手にリーダーに上っていくだろう。

 それぞれが、無理のないポジションで最大限に能力を発揮するには、このベスト・オブ・メンバーがたくさんいる事が大事だ。さぁ、みんなもベスト・オブ・メンバーを目指さないか?

諸行無常

2011/05/10 10:45:19

■何かの漫画で聞いた話

 忍者が跳躍力を鍛えるために、成長の早いなんかの木を植えるそうだ。それを毎日毎日飛び越すんだそうだ。木が生長するにしたがって、ちょっとずつ高く飛べるようになるそうだ。そして木が屋根くらいの高さになる頃には、驚異的な跳躍力が身につくとか。

 漫画の話なんで、できっこないのはよく分かる。でも、実際は木じゃなくてプロジェクトでやる奴がいる。

■誰かのぼやきで聞いた話

 エンジニアが年収を上げるために、キャリアプランを立てるそうだ。それを日々クリアしていくそうだ。年齢を重ねるに従って、ちょっとずつ年収アップしていくそうだ。そしてプランを達成する頃には、驚異的な年収が稼げるとか。

 誰かのぼやきなんで、本人ができてないのはよく分かる。でも、実際にやろうとして踏み外したようだ。

■こういう時は、「諸行無常」と言いたい

 諸行無常。平家物語の冒頭で出てくる言葉です。響きがなんか、かっこいい。ざっくりした解釈でいくと、「世の中、どんな物も常じゃないぞ(要は変わるんだ)」という事みたいです。

 向上心のある人は、ある意味、この言葉を「常に成長することで変れる!」と、肯定的にとらえる。しかし、実際はもっと奥が深い。成長し続けるという状態が「常ではない」だったり、変化し続けるのが「常ではない」だったりする。

 そこのところを抜かすと先に挙げた話のようになる。鍛えたって、際限なく跳躍力が上がるわけでもないし、キャリアと年収が比例したのは20年前までの話だ。

■良い、悪いではない。1つの事実。それだけだ。

 確かに、常に上向きの方が嬉しいし、常に下向きだと悲惨だ。しかし、世の中には一発逆転劇や、まさかの転落劇というのは存在する。

 諸行無常。「すべては無常である」というただそれだけの事実だ。良いとか悪いではなく、その事実をしっかり受け止めることで、賢く生きていけるのではないだろうか。

想定外とはこういうことだ。

2011/04/02 12:00:00

Poupou_2

■これが想定外というものだ。

 エンジニアライフにこういう投稿のが載ると想定できた人。いましたか?まぁ、普段のコラムから何かやるだろうと予想した人はるだろう。しかし、こういうふざけた画像が載ることを予想できた人はいるだろうか?

 何となく分かってても、意表を突かれる。それが”想定外”だ。

■エンジニアの仕事に想定外のトラブルはない

 なぜこういう事を言うか。簡単です。最近じゃ無茶が普通になっていて、炎上が簡単に予測できるからです。炎上すると分かっていて炎上するのは、もはや想定外とは言えない。どちらかといえば、来るのは分かっていても避けられない”天災”だ。

 想定外と言っている人は上の立場の人だけで、現場は常に煙臭い。きっかけは想定外でも、炎上は想定内である。しかも、自分たちの思うより被害が大きくなる事は、ほとんどの場合で的確に予想されている。

■理屈で想定外に対処するのは無理

 そもそも、理屈を超えた出来事を想定外という。そんなものに理屈で向かおうというのも無謀だ。理屈だけでなんでも解決できる訳ではない。どちらかと言えば、事実を理屈でひん曲げるから想定外が起きる。

 じゃ、想定外には何を持って対処すればいいのか。それは、自分の潜在能力だ。潜在能力といっても、超能力とか、非現実的なたぐいのものではない。積み重ねたが、まだ発現していない能力の事だ。

 人間って、自分で認識できないところにも、多くの長所や欠点をもっている。自分の目に見えないもの、認識できないものもたくさんあるという事を、きちんと認識しよう。それが、想定外へのベストな対応だと思う。

ググってポン!

2011/03/10 12:41:09

■Google先生、君はすごいよ。(時にお節介だ)

 Google先生はすごい。分かんない言葉を並べてボタンを押すと、何でも答えてくれる。どんなにくだらないことでも、包み隠さずまじめに答えてくれる。

 最近じゃ、何か一言いれると、「こんなのあるよ!」みたいな候補まであげてくれる。時には気の利いたお兄さんのように、時にはお節介な大阪のおばちゃんのように、粋なヒントを差し出してくれる。

 現代の技術の粋を感じます。

■最近思う、Google先生の弱点

 最近思うのですが、解らない言葉をググると、大概、Wikipediaのページが出てくる。

 ……待てよ、だったら最初からWikipeiaで調べたらええんでないかい?

 余計なページを見ないで、最初からWikipediaで調べた方が早かった。、IT用語なんかも詳しく解説してくれたりしてくれているし、気になるアニメのキャラの裏の人もすんなり分かる。

 そう、キーワードを知っていれGoogle先生は強いが、キーワードを知らないと何もヒットしない……。ましてや、キーワードを間違えていると、てんで的はずれな答えしか返ってこない。

 便利だが、万能ではない。最近使っていてそう思います。

■結局、Google先生は多数決

 このまえ、Redmineをインストールするため、慣れないRubyを弄っていた。やり方を調べていて、思ったのだが……。検索でヒットするのは、メジャーな手順書に書かれているような情報がほとんど。しかも、バージンがばらばら。いつ書かれた記事なのか、分からないものも多かった。

 インターネットの情報って、気軽にかける分、内容の軽いものも多い。訳のわからないものも多い。精度に欠けるものもある。たまに、嘘が書いてあったりする。

 そんな、カオスな情報の群れを、多い順に並べて見せているだけなのかもしれない。欲しい情報が、常にトップに出ているとは限らないので、情報を見る目が必要になってくる。結局、熟練が必要だ。

■そんなこんなで提案

 ググればどうにかなる。そんな甘いもんじゃない。じゃあ、どうすれば質の良い情報を得ることができるだろうか。

 それには、まず同じ本を10回読み直してみてはどうだろう。意外に理解していないことが多いと気づきます。また、説明の足りない部分が解るので、次に買う本を選びやすくなります。

 あと、manとか--helpもじっくりみるべし(ただしUnixに限る)。意外に親切で詳しいです。

 やはり、本気で読ます気で書いた書物やドキュメントは、質でネットに勝る。そう感じます。本当にネットを活用したいなら、まず、基本は書物からではなかろうか。

おまえんとこで買うたチェーンソー、街中で振り回しとったら警察に捕まったで! どうしてくれるんや!!

2011/02/22 12:05:00

■過去を振り返り言葉を探していたら、ふと思い浮かんだ

 今までいろんなプロジェクトに関わってきた。1億円の赤字をはじき出したプロジェクト、やたら無茶ばかり要求してくるプロジェクト……。

 この業界で働いていれば、一度は出くわす修羅場なプロジェクト。

 そんな修羅場なプロジェクトを思い出し、表現する言葉を探していたら、ふと浮かんだ言葉がこのタイトルだ。なぜこの言葉になったのか。以下、突っ込みどころをまとめてみたい。

■突っ込みどころ1。チェーンソーは街中で使うものではない。

 チェーンソーは、森で木を切るための道具です。街中に持っていったら危ないです。つまり、使いどころを間違えているんですね。

 修羅場なプロジェクトで共通していたのは、人材や技術、時間の使いどころを間違えていたところだと思います。どんなに優れた人材や高度な技術でも、使いどころを間違えると役に立たない。それどころか、街中のチェーンソーのようにやり場に困るだけ。

■突っ込みどころ2。チェーンソーは振り回すと危ない。

 チェーンソーは優れた道具です。のこぎりだったらハァハァ言いながら切らなきゃならない大木も、がりがり切ることができる。使いこなすとかっこいいらしい。そんな森の男ファンがいるやらいないやら。

 プロジェクトで振り回されるとチェーンソー並みに怖いのが、権力と立場。コレを振り回されると、本当にたちが悪い。

 不用意に振り回すと、リアルに誰かの首が飛ぶ(退職的な意味で)ことだってあります。

 権力や立場はある意味、危険物です。チェーンソーと同じで、使うときには細心の注意が必要です。時に、暴走した上司やお客さんが、チェーンソーを持ったジェイソンに見えることもある。

■突っ込みどころ3。そもそも、なんで俺の責任になるんだ!!

 ここが最大の突っ込みどころかもしれません。街中でチェーンソーを振り回せば危ないのは当たり前。警察に捕まるのは当然です。

 プロジェクトでも、(たとえお客様であっても)持論だけで無茶や無理を押し通せば、失敗するのは当然です。

 結局、ここが私の一番突っ込みたいところかもしれない。修羅場なプロジェクトほど、ビジネスの話に熱が入っていたのを思い出す。そして、こう考える傾向が強い。

 お金をもらうこと=責任を負うこと

 冷静に考えれば、これってケース・バイ・ケースですよね。事前に責任ばかり力説されると、気も萎えるってものです。

 お金やら権力、エゴ、いろんなものが混じった渦中に飲み込まれると、こういう迷言みたいなことを実行してしまうのかもしれない。

あ、いいよーん♪

2011/02/14 12:02:00

■まっ黒っす。

 そういえば、ブラックな会社に勤めたことはありますか?

 1つ特徴として、経営者の権限が暴走気味というのがあります。

 そんな経営者のコネで入った方と仕事をするとなると……。社長も、彼が何をしても“あ、いいよーーん♪”で済んでしまう。

 “あ、いいよーーん♪”ですよ。

 そんな感じのシュチュエーションに遭遇したことがあるのですが、明確に書くとどこかバレるので、かなりぼかしを入れて綴ってみます。

■仕事まわせ。

 会社の真ん中で。

 たばこ吸えば、どこかの部署で換気扇。

 キミが書いたドキュメント、デタラメ。

 明らかなミステイク隠したって、知らないに近い。

 仕事してくれ、仕事してくれ……。まだ勤務時間だ。

 社長のコネだけで今、会社にいる。

 仕事してくれ。途方に暮れて、時間過ぎてゆく。

 まともな仕様書き上がるまで、

 私、帰れない。

■風はやがて私へ向かうだろう

 不整脈、この胸に不安が襲う。

 誘い話、飲んだ胸がつらい。

 遠まきないい話、しゃぶられる、骨の随まで……。

 ……。

 何しにここに来た?

 何しにここにいる?

 仕事してくれ、埋まらない溝。

 空気読んでない。

 許されぬ態度が今、引かれている。

 気力が果てて、君と離れて気持ち鎮めたい。

 本気で仕事してくれるまで、

 私、帰れない。

 仕事してくれ。崖っぷちだから。

 キミに頼んでる。

 とぼけた言葉が今、カチンときた。

 狂気に代えて祈り捧ぐよ、マジで仕事して。

 社長の導きで……(略)

 仕事してくれ、まだできてない。君のやる業務。

 本気で仕事してくれるまで、

 私、辞めれない……。

■私の話を聞けぇーーーー!!

 経営者の親戚という理由で、まさに社内でわがもの顔。

 しかし、仕事は仕事だ。結果は必ず求められる。そんな事で、私の頭にふとよぎった。

 「俺は見た、あいつの正体を。あれは仕事じゃない! 甘やかしを断てっ!」

 根拠のない信頼と人間関係のため、誰の話も聞かなくなっていた。社長も甘んじて、それを認めている。結局は何ひとつ変わることなく、現場を去ることになったが……。やはり本音は一言伝えておきたい。

 私の話を聞けぇーーーー!!

静観志向

■あんた、いい。

 実際に友人に聞いた話です。職場にすごい人がいたそうです(悪い意味で)。

 変に信頼を得ているが、実は内容がめちゃくちゃ。たまに私のところに“どうしよう”とメールで相談が来ました。そんな彼ですが、一緒に働いていた時は、“静観志向”でした。

 よほどのことがない限り、場を荒立てない彼に、“あんた、いい。”とまで言わせたそうです。そのすごい人のエピソードをつづってみます。

■プロジェクト揺らぐ!

 ゴシップが拡がる。

 折り合った客先で、青い戦慄。

 見直しただけで、独自な理論値が一瞬に砕け散る。

 これじゃ駄目だよ……。

 透明なクラゲのように、宙に浮く理論。

 虚勢だけでかまわずに、あなたは逝くのか!?

 (うゎ。)

 雰囲気に流されて、信用急降下……あぁぁ。

 濃厚な言い訳に、私たちピンチみたい。

 心が折れそうな気を放つ。

■会話などなしに

 内側に籠もって、言うことが読み取れず不穏な夜。

 “While”をClassみたいに、無限のリピート。

 やりきれずにコメントに“ボツ”とつけてみる。

 (うぁ。)

 最後までしらを切り、目線だけ漂う……ぅぅ……。

 けし粒の虚言でも、私たち見逃さない。

 言うことに矛盾、雪崩れてく。

■みんな、書きためて! 納期の先まで!!

 その友人は静観志向だ。しかし、きちんと生還した。一緒に働いていた時から思っていたのだが、彼は納期が終わっても、きちんとコードを書きためていた。

 あんな状況に合っても静観(生還)できたのも、日ごろの積み重ねがあったからだろう。

 そんなことで……

 みんな、書きためて! 納期の先まで!!

メール ~拝啓 人事の君へ~

■メール、1通目

 拝啓 このメールよんでいる間に 上司 何をしているのだろう

 外部の人には誰にも話せない 悲惨なことがあるのです

 本社の人事に宛てて書くメールなら

 きっと素直に打ち明けられるだろう……

 今 障害で システムが落ちてしまいそうな 時は

 誰の言葉を信じ対処すりゃいい?

 If文ばかり使いすぎコードがばらばらに割れて

 苦しい中で今働いてる……

 今働いてる……

■メール、2通目

 拝啓 お願いだ 人事のあなたに伝えたいことがあるのです

 業務とは何でどこへ向かうべきか 問い続けても見失う

 荒れた業界の海は厳しいけれど

 明日の納期へと プロジェクトは進む

 今 障害で システムが落ちてしまっている 時に

 上司の指示を信じドツボにはまる

 大人の僕も気になって眠れない夜はあるけど

 苦くてやばい けど働いてる

 来る指示のすべてに意図はないけど 恐れずにそれだけ聞いて働け

 keep hei joushin……(平常心)

 keep hei joushin……(平常心)

 ……

 拝啓 このメール読んでいる本社が 対処することを願います

■“委託の自分から今の上司へ”というのが痛いんですね。

 そうですね。上司から部下にとか、親会社から下請けにっていうと、どうしても上から目線になってしまうじゃないですか? でも、本来の自分の会社の人事だったら、職場は違っても同じ会社だから、目線は一緒じゃないですか? そういう対等な目線でこのコラムで伝えたかった。

このコラムをどんなふうに読む人に受け止めてほしいか

 このコラムは、“もう駄目だ”っていう葬式行進曲的なものよりも、“君のせいだけじゃないんだよ”っていうメッセージの方が大きいと思うんです。みんな同じように悩みながら働いてるんだよっていう、そういう孤独の中での葛藤というか、いろんなところで相談するきっかけの曲になってくれたら嬉しいですね。

遠山の金さんで学ぶ組織運営

2011/02/01 16:30:00

■さぁ、視点を変えてみよう

 「どのような人にも学ぶべき要素はある」

 たまにこんな言葉を聞く。持論だが、どんな人であっても、優れた要素やこちらが学ぶべき要素を持ち備えていると思う。ただ、それは繊細に物事を見なければ見えてこない。たとえ相手が社会的に立場の低い人であっても、犯罪者であっても同じだ。

 そういうことで、今回は遠山の金さんに毎回登場する“悪人たち”にスポットを当ててみたい。彼らをよく見ると、非常に理にかなった行動をしていることが分かる。

1.突然現れた狼藉者に対して、準備を怠らない

 よく、金さんが現地視察に現場に押し入るシーンがある。

 侵入されるというセキュリティの甘さは置いておいて、自分たちのボスが危なくなると、きちんと日本刀で武装した取り巻きの人が大量に登場する。

 侵入を許してしまうというリスクに対して、きちんと対応しているではないか。しかも、金さん1名に対して、きちんと数十人で相手をしている。確実に勝てる人数で挑むところが堅実である(実際は負けるけど)。

 しかも、危機と判断したらとっさに現れる統制の良さ。普段から訓練をしたり、周知事項の徹底をしておかないと、こうはいかないだろう。悪人といえど、優れた組織管理能力を感じます。

2.相手がどんな立場であれ、きちんと話を聞く

 悪人たちは意外に懐が深い。

 突然現れた金さんに対して、武装した人たちで囲みます。でも、きちんと相手が結論(桜吹雪を出す)まできちんと話を聞いています。現代人だったらどうでしょうか?

 「何しとんじゃーー!」

と一言、自分の言いたいことを言ってつまみ出してしまうでしょう。

 しかも、悪人たちは聞いた話を忘れていません。「この桜吹雪が……」の下りで、「あれ、なんだったっけ……確かどこかで……」なんていう人は1人もいませんでした。

 (ただし、桜吹雪を覚えていても、顔と声で本人と判別できないのは、ビジネスパーソンとして致命的です)

3.最後には自分の非をきちんと認める

 これが一番重要だと思う。桜吹雪(証拠物件)を見た後に「ははぁ!! 畏れいり奉りました!!」と、きちんと観念する。

 ミスをしたら、きちんと認めて謝る!

 コレが重要です。特に、立場の高い人でコレができない人が増えている。

 ごまかしや不正がばれたら、きちんと謝ろう。しかるべき処置を受けよう。この潔さがあるだけでも、まだまだ悪人の多い日本だって、次のステップに進むくらいはできるんじゃなかろうか。

同じことを二度言わすな! ~黄門様に学ぶ~

2011/01/25 17:25:06

■自ら二度言っとるやんけ

 「一度しか言わないからよく聞け。同じことを二度言わせるなよ」

 この言葉を皮切りに熱っぽい説明が始まる。まぁ、導入部分だし、そんなピリピリせんでもええやないか。と思いつつ、話に耳を傾ける。しかしよく聞くと、一度しか言わないといいつつ、同じことを繰り返し言っていたりする。たぶん本人、気づいてないだろうな……。

 「分かってるか(微キレ)」

 ……いや、その説明じゃ分からんだろ。ツッコミ入れたい気分をぐっと押さえてキーボードを弾く。横で業務の引き継ぎをしているのを聞いていた。

 外にはスズメが飛んでいる。のどかな日の、無駄に熱いワンシーンだった。

■なんで水戸黄門が面白いか

 水戸黄門って、何年続いたんだろう。よくも飽きもせず続いてるもんだ。今、続いてるんだっけ? よく知りませんが。日本人なら、この時代劇のストーリーは誰でも知ってるだろう。始まった瞬間に、最後の御老公が高笑いするシーンが思い浮かぶ。

 誰に聞いたか忘れたが、人間ってマンネリ化したものに安心感を感じるそうだ。変わらない物に落ち着きを感じるらしい。これが、水戸黄門が長きにわたって愛される理由なのかもしれない。

■よく考えると、2回言わないという大した理由がない

 日本人なら、「控えおろーーう!」と聞いただけで、次のセリフはすぐに思い浮かぶだろう。子供のころから何度ともなく聞いてきているので、骨髄反射的にセリフが出てくるはずだ。

 よく考えてみると、もったいぶって1回しか言わないより、くどいぐらいに何回も言った方がしっかり覚えるんじゃなかろうか。

 確かに、上司が言ったことを一度で完ぺきに理解して自分のものにしてしまう。それができれば、仕事としてはかっこいい。しかし、これができるのは、よほど簡単な業務か、すでに完ぺきに理解していることを言われた場合とかだろう。

 どのような内容でも、一度言っただけで完ぺきに理解して記憶できる人はそういない。実際は、夜店で買ってきたヒヨコみたいな感じの人に教えることの方が多いだろう。

■同じ内容を聞くことはある

 例えば、Aという説明をうけた。より深く考えて、何らか疑問が浮かぶとしよう。確認のため、同じことを聞かないだろうか。

 また、Bという説明を受けた。次にCという説明を受けた段階で、自分の間違いに気づいたとしよう。また、Bについて同じことを聞かないだろうか。

 そういうケースも考えられないだろうか? もし、単純に二度同じことを聞かれた時、「分かってない!」と怒りがこみ上げるなら、いったん落ち着くべきです。怒った時点で、説明という繊細な作業はできなくなります。また、100%ではなく、70%は理解していたりすることもあります。怒れば、逆に相手を混乱させたりします。それは、もったいないです。

■黄門様は、ただふんぞり返るだけじゃない

 黄門様だって、いきなり印籠を出して権力で押しません。必ず、助さんと角さんに懲らしめていただいてから印籠を出します(個人的には、印籠なしで武力制圧した方が早いと思います)。黄門様は、権力だけでなく圧倒的な武力もきちんと備えているんです。

 もし、上の立場から説明する状況にいるとして、相手に何を聞かれても答えられるか。そこは問われます。立場という印籠も、キチンと納得をいかせてから出してこそ、効果があるのかもしれませんね。

くだらない試行錯誤の価値

2011/01/14 17:53:31

■ただどこに置くかだけかなんだが

 最近、Linuxへのソフトインストールがマイブームです。ソースコードからインストールする時に、たいがいどこにインストールするか? というオプションをつけてインストールするのだが、このオプションが気になって仕方がない。

 どこの場所にインストールしても、きちんと設定すれば機能的には大して変わりません。なので、このインストールオプションの詳細を知ったところで、実質的な利益はほぼない。

■で、案の定トラブった

 まぁ、たいしていじる必要のない設定をゴリゴリいじるものだから当然、変なところにファイルができたりする。しかも、起動スクリプトが動かなかったりと、普通に動くようになるまで苦労した。

 結果としては、希望どおりのパスにインストールできて、普通に動いたただけだった。休日の趣味でやってるから笑い話で済むが、仕事でやったら、確実に怒られるだろうな。

■アホなことをやって得たこと

 たぶん、動かすだけを目的として見れば、「アホか!」の一言で一蹴されるかもしれない。

 しかし、この一見アホみたいな作業をやることで、得たものは多かった。インストールしたソフトの起動するプロセスやら挙動、普段あまり気にしないような設定内容の意味などを、実際に動かしたり、調べたりして理解できた。

 かっこよく言えば、深みが出た。本に書いていないような知識や、Webにも出てないような知識やノウハウを得ることができた。

 一見無駄っぽいが、いろいろ試行錯誤した結果、普段何気なくやっている設定の意味がよく理解できた。

■ダイレクトに得られないもの

 1つ、目的があったとする。達成するには、必要な知識がいくつかあったとする。

 ここで1つ問題です。この必要な知識を与えれば、目的は達成できるだろうか。

 “Yes”と答える人は多いだろう。しかし、私は“No”だと思う。

 まず、必要な知識を与えたとしても、納得がいかなければ別の知識を調べ出す。よく現場で見かけるのは、納得させるのでなく、説得して理解させたと思っているケースです。本人が納得してないので、どうしても薄っぺらになる。知恵に昇格しないんですよね……。

 納得を生かすための試行錯誤は無駄じゃない。成長のための起爆剤だと思う。本番でミスが許されない分、他の部分でしっかりミスして学んどく必要があるんじゃなかろうか。

津軽海峡・デスマーチ

2010/12/25 0:00:00

 なんでこのタイトルかって? 語呂だけです。

 実は親が、新聞記者をやっておりまして。あわよくば、ちょっと超えることができれば。そんな淡い夢を抱いております(笑)。ただ、最近 あまり会ってないんですよね……。

■八重洲発の夜行バスに乗った時から

 大阪支社は死んでいた。仕事してる社員たちは誰も無口で、パソコンだけが動いてる。私は1人、オリエンテーションへ。凍えそうな職場見つめ黙ってました。

 あぁ、噂どおりのデスマーチ……。

■ごらん、これが予定表だ。納期間近だ。

 必死になってコード書く。ちょっと黄ばむディスプレイに並べてみたら、さすがに無理と分かるだけ。

 ……やる気が失せた。私は帰りたい。こじれているコード見つめ泣いていました。

 あぁ、マジでリアルなデスマーチ……。

■ええんか?

 こういう悲惨な状況を聞いたことがあった。巻き込まれたらもう、流されるしかない。

 ここで問いたい。本当にこんなので、ええんか?

 ITエンジニアって、IT技術のプロであって、無茶のプロではないはずだ。なにか、すごくもったいないことをしてるんじゃないだろうかと、考えてしまう。

■日本人の心にあるもの

 古来、日本人は“努力”を美徳とする。振り返らずに、突き進んでいくことを好むような傾向がある。このことが悪いとは思わない。ただし、もっと稼ぎたい、もっと偉くなりたい。そういう欲と絡んでしまうと、非常にやっかいだと思う。

 このような、代々受け継いできた日本人としての特性。それ自体は、すごいポテンシャルだと思う。もう少し、純粋に見つめ直すと、きっとすばらしい輝きを放つのではなかろうか。

その3カ月で何を見る?

2010/12/17 19:30:00

■3カ月にちょっと待った!

 新しいプロジェクトに入った時、仕事が変わった時によく言われるのが、

 「3カ月あれば仕事は覚えられるだろう」

 この一言に、私は断固、Noと返したい。3カ月で仕事を覚えられないという理由ではない。見方の幅が狭すぎるからだ。今回はこの3カ月をいろんな角度から見てみたいと思う。

■3カ月という期間でできること

 経験上、楽器やダンスなどの習いごとを始めて、慣れてくる期間が3カ月だ。どういうことかというと、素人が楽器を初めてとりあえず1曲吹けるようになるのがだいたい3カ月。だいたいそんな感じです。

 そんなことから、3カ月あれば仕事を覚えられるだろう。そう考えられるようになったのだろうか。

 しかし、ちょっと待て。なんとかできるようになるのに必要なのが3カ月だ。ここを完璧なプロの仕事ができるようになるのに3カ月、とすり替えてる人をたまに見る。

 経験上、楽器やダンスなどの習いごとでは、人前で披露できるレベルに到達するには2~3年は必要だ。早く前線で活躍してほしいという期待感が強すぎると、とんだ計算違いをしたりしないだろうか。

■その3カ月、何をしたのか

 “3カ月で仕事を覚えろ”のようなことを言われて、どう動くか。これは重要だ。普通は、言われたことをできるように必死にがんばるだろう。しかし、言われたことしか覚えなかったり、考えずにやり方だけ覚えた。実際そういう人は多い。

 確かに、業務を進めるだけなら3カ月でできるようになる。しかし、思索を切り捨てて急いで覚えるので、発想が貧弱になる。普通に業務をこなすだけならさしつかえないが、マネジメントをやり出すとボロが噴出する。なんてこと、ないだろうか。

■まぁ、そんなこと言っても、3カ月でどうにかなることもある

 ただ、何も言わず言われた通りのことをやるなら、3カ月とは言わず1週間でどうにかなったりする。

 ただ、これをやるなら、相当業務が整理されているか、単純労働でもなければできない。もしくは、もともと似たようなことをやっていたとか。

 マネジメントをする人が“指示だけ聞いて動いてくれればいいんだ”と思う気持ちは分かる。でも、これを実行してうまくいってるのを見たことがない。問題があると気づいても、実際に何も言わずに言われたとおりにやるので、問題が放置されることが多い。そりゃ、うまくいくはずがない。

■3カ月がまずい本当の理由

 そもそも、入って3カ月で即戦力にならなければならない状況。それ自体がすでにひっ迫した危機的状況だ。これが一番、問題だと思う。

 実際にあったことだが、“1カ月で仕事を覚えてくれ”という要求を出されたことがある。しかし、ふたを開けてみると、要求を出した人自体が業務を把握していなかった、ということもあった。プロジェクトを管理している人が把握できていない業務なので、“覚える”というより、“どうにかしてくれ”が実情だった。敗戦直前の日本にそっくりだった。

 3カ月で要求されたものが、3年あってもできないようなことだったりと……。

 新人に無茶を言わざるを得ないのは仕方がない。しかし、当然のような顔で「プロなら3カ月くらいでどうにかするものだ」と言うのはいかがなものであろうか。当時、非常に呆れたのを覚えている……。

■個人的に思う期間

 新しい仕事に就いて、不安を抱くことなく仕事ができるようになるには、半年~1年、その道のプロとして通用するようになるには3~5年。現実的にはそんなところじゃないかと思う。もちろん、それぞれの資質もあると思う。

 急ぐ気持ちを抑えて、タイムスパンを見直してみてはどうだろうか。地道に不安を取り除いたり、疑問に答えるだけでも、人って案外伸びてくれます。

 時間に対するこだわり。これで人間関係で損をして、できるものもできなくなってはいないだろうか。

同じ穴のむじな

2010/12/10 18:00:00

■最近、仕事をしていて思ったこと

 最近、気になることがあります。私の会社では、人を褒めるということがないのです。

 話に聞くところによると、会議なんかでは罵倒は日常茶飯事だそうで。仕事の管理も適当で、なぜこの立場でこの業務をするのか? というような、不思議な業務配分があったりします。

 そんなことなので、うちの先輩方は、業務の取り仕切り役の方へ非難ごうごう。まぁ、そりゃ当然だと思う。私から見てもひどいもんだ……。

■なぜだろう、似てしまうのは。

 そんな、いやな醜態を見ながら毎日仕事をしているわけです。普通なら、“あんな風にはなりたくない!”とか、“これじゃだめだ!”と思って、努力をするわけですが。いや、うちの先輩方も努力はしています。

 しかし、何でだろう。なんかやってることが、罵倒が飛び交う会議を彷彿とさせるような対応だったり、「その状況でそれをさせる?」みたいな指示が多かったりするんですよね……。

 自分がなりたくない人、そのまんまの雰囲気をかもし出してしまってるんですよね。

■そしてわが身を振り返る

 まぁ、そんなことで、うちの先輩ときたら……みたいな話をしたいところだが、それどころじゃぁなかったり。実はそんな私も、その先輩と口癖がまったく同じだったりする。

 その他に、その先輩と話していて、心の中で“本当にこの人、話聞いてないよなぁ……”なんてふと思ったりするのだが、実はこの一言、以前、私が友達によく指摘されていた一言だったりする。

 ふとわれに返ると、なにか鏡に写した自分がいるようで、ドキッとするのだ。

■似ているから集まるのか、集まるから似るのか

 これは持論だが、似たもの同士は集まりやすい。そう思う。いろいろな大きさの粒が混じった砂を、水の入ったペットボトルに入れて、思いっ切り振ってみる。しばらく放っておくと、大きい粒は底に沈んで、小さい粒は上の方に積もる。どうも、人間も同じっぽい。

 まぁ、素晴らしいと言われる人たちの集まりに入れればいいが、変な人の集まりに入ってしまったら、自分は変な人なのか? ということになる。認めたくないが、答えは“Yes”だろう。そして、変人の集まりにどんどん自分が同化していき、いつしか自分もああなってしまうのではないか。そんな恐怖と戦い続けることになるのだろうか。

 なんか、自分のいる場所によって運命が限定されるようで、心地いいものじゃあない。

■そこで1つ、発想を転換する

 じゃぁ、どうすればいいんだ。ということで1つ、別の発想で考えてみる。どんな人の集まりにいるかではなく、そこにいる人、1人ひとりを理解する努力をしてみてはどうだろうか。

 どんなに理不尽に見える行動にも、必ず理由がある。場合によっては、自分の思考より高度な考え方が背景になっていることだってある。そもそも嫌悪というものは、相手が理解できない時に起きる。相手が理解できると、多少のことは気にならなくなってしまう。

 相手の短所ばかり見ると、無意識に相手の短所をまねてしまう。そんなことより、相手の長所を見つけて、賞賛して、大いにまねようではないか。これができれば、きっとどんな状況にいても気分は花園だろう。そうありたいと思い、日々がんばっている今日このごろです。

部屋とYシャツと……なんかトロッとしたもの

2010/12/07 18:10:00

 なんでこのタイトルかって? 語呂が良かったからです。

 実は私、作詞をやっておりまして。あわよくば、1曲くらい私の書いた歌をプロが歌ってくれたら。そんな淡い夢を抱いております(笑)。

■ミーティング中、とある曲を思い出した

 とあるプロジェクトでのミーティング中のことです。いつものように激論(?)のようなもの、いわゆる駆け引きというやつを激しく繰り広げていた。

 細かい内容は覚えてないんですが、「あなたの会社と仕事がしたい。関係を大事にしたいので聞いてほしいことがある」という内容だった。ちょっと離れた立場から聞いていたので、言葉の一言一句を聞きながら、妄想にふけっていた。

 信頼から受注に至るプロセスって、恋愛から結婚に至るプロセスに似ているなぁ。そんなことを思いながらやりとりを聞いていると、昔はやっていた、とある曲の歌詞がふと頭に浮かんだ。

■愛情と苦労(?)はワンセット

 そのプロジェクトは、新婚の社員さんがメインで動いて取り仕切っていた。悔しいが、奥さんは美人だった。

 独身の私と違って、ぴちっとアイロンのかかったワイシャツで、手作り弁当。家に帰ると、きれいな奥さんが「お帰りなさい」と出迎えて、労をねぎらってくれる。まさに昔はやっていたある曲の歌詞の世界が展開されているようだった。率直なところ、うらやましかった。

 しかし、「行ってきます」と家を出て、行き着く先は炎上まっただ中の泥沼プロジェクト。立場的に引くに引けない。わが身1つの背水の陣の方が、ある意味やりやすい。彼のぼやきを聞くと、幸福の重さがそのままプレッシャーになっているようだった。

■会社では“義務と残業と過労”

 ちなみに、とある曲の歌詞だが、一見ほんわかした雰囲気なんだけど、よく読んでみると激しい駆け引きが繰り広げられている。あなたのためといいつつ、ちゃっかり自分がきれいでいたいと要求していたり、浮気をしたら道連れだとか……。

 仕事だろうが新婚生活だろうが、お互いの駆け引きに、尊重や信頼があれば問題はないと思う。これがなくなった時が悲惨だ。実際、このプロジェクトは悲惨だった。安く、早くシステムを仕上げるために、あらゆる人にあらゆる無茶を強いていた。

 結果、義務と残業と過労という三重苦でみんなボロボロだった。

■新婚生活も会社の仕事も似たようなものだと思った

 その、とある曲の歌詞だが、替え歌で会社の仕事の歌ができてしまう。

 著作権の都合と、歌のイメージをぶち壊すため、ここには書かない。愛情にしても名誉にしても、お金にしても、人は何かを欲すると同じような行動をしてしまうように思えた。

 うまくいっている時はほんわかと見えるが、一度冷めると針の山。本当に似て見えたんですよ。会社で立場を維持する様子と、新妻の愛情を維持する駆け引きが……。

今と昔で考える

2010/12/03 16:55:00

■博物館に行って思ったこと

 京都の博物館に行ってきた。アステカだったっけ? 数百年前~1000年以上前の大きな顔の彫刻やら、いろいろ見てきた。ずっと昔に、巨大な石を削り出して巨大な建物を建てたり彫刻をしたりと、すごいものだ。

 今みたいな建築技術はなかったので当然、人の手で作業したのだろう。また、紙とかも一般的じゃなかったようなので、仕様書なんかもなかっただろう。そんな中、よくあれだけのものを作ることができたものだと感心した。

■ところで、あの彫刻には納期があったのだろうか

 その巨大な人面の彫刻だが、宗教的な儀式に用いていて、神殿の中に設置されていた彫刻だったそうだ。そんなようなことが、きれいなCGで再現されて説明されていた。

 ところで、あの彫刻。あれに納期はあったのだろうか。当然だが、当時あれを作成した人は、今は生きていない。いくら考えても、想像の範囲を出ないだろう。

 「こういう儀式がしたい」という提案から、あれだけ大規模な神殿を建てたり、彫刻を作成して、数百年、数千年も残るクオリティで仕上げる。相当チームワークが良かったのだろうか。当時のプロジェクトマネージャ(?)は、たいしたものだと思った。

■場所は飛んで昔の日本

 ひととおり見てから、常設展示を見た。京都ということで、出土品から当時の町並みをフィギュアで再現していた。他にも、当時の工芸品が展示してあったりと、なかなか楽しめました。

 当時の職人さん、いい仕事してるなぁと思いました。説明書きにも、いろんな技術を工夫してる様子やら、なんやらいろいろと説明があった。それによると、日々切磋琢磨して、技を磨くのに余念がなかったそうだ。

■で、現代人と比べてみる

 そんな昔から生きているわけでもないので、当時のことは分からない。しかし、何となしに思うのは、実は人間は進化しているのではなく退化しているんじゃないか、ということ。

 確かに、近代文明のテクノロジはすさまじい。でも、アステカ時代に彫刻を作った人の方が、チームワークや想像力は高かったように思える。同じ技術水準のもとで作業をしたら、現代人は絶対にかなわない。政治関連で破たんした事業をいろいろ見てると、当時のように何十年単位でものを作ることができるのだろうかと思う。

 また、日本で見ても、昔の人のように何十年単位で技を磨くような地道さが損なわれているように思う。やたらスピードばかり求めて、熟考することを怠ってはいないだろうか、なんて思ったりする。時代が経つにつれ、技術は進歩してるが、その分、しがらみが増えてはいないだろうか。

 そんなことで、たまには歴史的な観点でものを見るのもいいかもしれない。普段、パソコンとにらめっこしてては得られない観点で考えることができた。

コンパ萌え。

2010/11/24 18:46:00

■1人の夜にぜひコンパ

 めっきり寒くなりました。冷え込んだ夜に、PCに足を乗せて暖をとったりしていませんか? 最近のPCは性能がいいので、ちょっとやそっとな処理じゃなかなか暖まらない。

 そんな寒い夜は、Linuxの仮想マシンをいっぱい立てて、一斉にソースコードをコンパ(イル)しよう!

 ……その題名、狙ったな。

 はい。狙いました。

■で、コンパの何がいいの?

 「ブリーダー」というファミコンゲームを知ってるだろうか? ディスクシステムで出ていたゲームで、2体のロボットが戦う内容だ。最初にパラメータやらを割り振って、戦闘が始まるとただひたすら見ているだけのゲームだ。

 ……ただ見ているだけ。それが楽しかった。なんか知らんが面白かった。

 ソースコードのコンパイルを始めると、コンソールにはひたすら意味不明の文字が流れ続ける。この文字列を見ていると、あの「ブリーダー」というゲームをやっている時に似た感動がある。

 ……なんか、俺の知らない何かが進んでいる。それだけでなんか萌えます。

■何気なくやると退屈だが、探ると面白い!

 Linuxで tar.gz のソースからインストールする時、たいがい、"./configure"をやる。

 この"./configure"だが、"./configure --help"を見ると、いろいろと面白いオプションが出てくる。たいがい、"make"やってる時ってヒマなんで、この"./configure --help"の内容や、解凍したソースコードのディレクトリの中身を眺めている。

 リアルタイムに、ファイルが生成される様子を眺めてもけっこう楽しい。謎の.shファイルの中を観察したり、変なテキストファイルの中身を読み解いてみると、「へー」とか「ほー」というような発見がいろいろある。本に書いてないような、あんなことやこんなことが満載です。

■朝起きて、気がつけば昼までやっていた。

 休日に、早起きでもしてカフェでもしようか。

 そんなオシャレな朝にあこがれます。

 朝起きて、何となしにPCの前に座り「あ、そういえば……」と、テスト環境をいじくる。"./configure --help"の中身を見ていると、なんか目が離せなくなってくる。なんか、いろいろ試してる内に気がつけば12時。一段落ついて"make"を叩いて、大きく伸びをして昼寝に突入。起きたら夕方5時。開き直って、夜まで設定ファイルをいじり倒す。

 あぁ、思わずオシャレなカフェを逃してしまった……。ちょっと空しくも、非常に勉強になった。そんな週末だった。

 君も、コンパで萌えてみないか?

サーバ室と機関銃

2010/11/05 19:28:00

 なんでこのタイトルかって? 語呂がよかったからです。

 実は私、作詞をやっておりまして。あわよくば、1曲くらい私の書いた歌をプロが歌ってくれたら。そんな淡い夢を抱いております(笑)。

■そんなわけで、ちょっと詩的にサーバ室を眺めてみる

 データセンターのサーバ室って、本当に静かですよね。

 ファンの音が淡々と鳴り響き、やたら冷える。真っ白に塗りたくられた部屋に、サーバラックが整然と並んでいるだけ。まるで白い墓場のようだ。

 最初に入ったときに衝撃を受けたのを覚えている。ある意味、異空間のようなところだと。

■そして、ラックの中には何がある

 立ち並ぶサーバラックには、大きな扉がついている。半透明のプラスチックがはめ込まれていて、中がうっすら見える。点灯するダイオードが不思議な点滅を繰り返す。まるで、何かを自己主張しているかのようだ。

 裏から見ると、ツタのように絡み合うLANケーブルが見える。幾何学的であり、しかし、そこにかけられたタグが妙に人間くさい。

 サーバラックには、作った人のしがらみや自己主張が、そのまま詰められているみたいに見える。

■そして、この静寂を破りたくなる

 ただ淡々と言われた通りに動いているサーバに囲まれていると、自分の意志で考えて動いている自分が、妙に浮いて見えてしまう。

 このサーバ室にいると、生きていることを否定されているような気分になる。

 実際、仕事に求められるのは、そういう機械的な要素だったりする。俺って、人間だったよな?

 そんなことで、たまにサーバ室で機関銃を撃ちまくりたくなる。しがらみも駆け引きも、全部ぶち壊したくなる。この冷たい静寂を、銃声で引き裂きたくなる。サーバ室の白い壁を打ち抜いたら、その先に青い空が広がっている。

 ……という想像を休憩時間にしていたことがありました。

 ちなみに、このデータセンターは30何階かにあったので、実際に壁を打ち抜いたら、本当に青空が見えたと思います。

PCが熱い! サーバが熱い!!

2010/10/25 18:55:00

■燃えるような情熱ではなく、実際の温度

 PCやサーバって、意外に発熱するんですよね。でも、実際に体感するとやっぱり違います。

 で、実際どのくらい熱くなるんだろうか? わたしの体験を語ってみたいと思います。

■何か背中に熱いものを感じます

 いま働いている部屋は、PCの密度がすごく高いです。1人平均2台くらいのPCを使っています。なので、同じビルの別の階に行くと涼しく感じるくらいに部屋に熱がこもります。

 中でも、わたしのいる席はPCの集中地帯です。わたしの後ろの席には、香港のビルみたいに検証用サーバとPCが積み重ねられて稼働してます。そこに置いてある温度計は、36度を指していました。あまりの暑さに思わず笑ってしまいました。

 いつも仕事をしていて、背中に熱いものを感じていました。こいつが原因だったか。

■そういえばいま、冬だよな?

 とある会社でブレードサーバの検証をしてたときの話です。サーバルームが用意できなかったので、泣く泣く空き部屋で検証をしていたのですが……。

 検証している部屋の季節が違うんです!

 冬だというのに、35度。気分は夏でした。温度が高くなったらサーバをシャットダウンしろと通達がでていたので、温度計を置いて、逐一チェックしていました。

 サーバルームの過剰冷房の意味がよく分かりました。あんなに暑苦しいものをあそこまで冷やすのだから、電気代もバカにならないだろうなぁ。そんな風にも思いました。

■そして最後に教訓じみたことを言ってみる。

 IT系の仕事をしている人であれば、PCやサーバが発熱することぐらい誰でも知ってるでしょう。しかし、それを肌で感じただろうか? わたしは「肌で感じること」はすごく重要だと考えます。

 ただ知っているだけの人と、実際に肌で感じた人では、何に違いが出るのでしょうか。それは「発想」、つまり、行動を起こす原動力になる部分に違いが出ます。

 知識を得るより、実感を得る方が多く考えさせられます。

 面倒くさがらずに、実際にコードを組んでみたり、作動検証してみたりと。もっとそういう部分って、重視されてもいいような気がします。

キョドってポン!

2010/09/30 19:30:00

■こんなことって、ありませんでしたか?

 自分に部下がついたり、あるいは業務の引き継ぎで何かを教えているとき、相手が意味不明なことをいい出して、挙動不審になってしまう。挙動不審になったあげく、黙り込んだり怒り出したりしてしまった。そんな経験、ありませんか?

 職場が変わることが多かったので、教える側、教わる側、両方の側面を見てきました。たいがいは教わる側が黙殺されることが多いですね……。しかし、教える側に大きな勘違いがあったりもします。

■NGワード「何で~しなかった?」

 相手がミスをしたとき「何で~しなかった?」という言葉をよく聞きます。しかし、よく考えてみてください。間違えた理由を明確に説明できるレベルなら、そもそも教えてる内容をもう、ほとんど理解しているはずです。

 理解していても、「明確に説明できるかどうか」は別です。「何で~しなかった?」というと次の言葉が出なくなるか、てんでわけの分からないことを話し出します。まず、希望する答えは返ってこないと思った方がいいでしょう。

 このいい方をするなら、「~するな」というべきでしょう。その後に「はい」とか「すいません」と言葉を続けられ、相手を追い詰めずに済むからです。

■落とし穴「~べきだ」、「~のはず」

 うまくいかないとき、「~べきだ」「~のはず」という言葉が頭をよぎりませんか? よく考えてください。「~べきだ」「~のはず」って自分の希望や主張じゃないでしょうか。

 経験上、現実と自分の思いに差があったり、何かの観念に縛られたりしていると「~べき」「~はず」が出てきます。つまり、現象を正しく見ていないときだということです。

 教えるときは、自分の主張でなく、あくまで「事実」を伝える必要があります。また、相手がものを覚えるのは、自分の思っている通りの進み方だとは限らないようです。

■教えている、あなたが焦っていませんか?

 よく急場の引き継ぎで、教えている側が焦っている場面を見かけます。しかし、よく考えてください。急いでいるからといって、焦る必要はありますか? 逆に、急いでいるときほど落ち着く必要があります。

 教える側が焦れば、相手に伝わります。焦りによって相手に一定以上の不安を与えると、パニックを引き起こします。ちょうどテトリスをやっていて、上まで積み重なった感じです。

 詰め込みだけでなく、きっちりと納得をいかせて不安を消していかなくては、後が続かなくなります。

■キョドるとはどういうことか

 「キレる」って思考が停止することみたいですね。人はキレると怒るだけでなく、泣いたり黙ったりと、思うよりいろいろな反応を示すそうです。キョドる(挙動不審になる)というのもその1つだそうです。

 教えているとき、教えている方が思考停止していたら……そりゃ教えられている方は仕事を覚えないでしょう。ましてや、教えている方がイラついたりしたら、なおさら覚えないでしょう。何かが「ポン!」とはじけてしまうかもしれません。相手をキョドらせないというのは、かなり重要じゃなかろうか。

 いろいろ書きましたが、実際は多くの条件を考慮したり、経験や深い思索が必要だったりします。書いた通りにやってもうまくいくことはまれでしょう。

 「教える側」にまわったときは、できなかったころの自分を思い出してみてはいかがでしょうか。

わたしの彼はエンジニア

2010/09/28 18:30:00

 なんでこのタイトルかって? 昔聞いた歌で、似たようなタイトルがあったからです。まぁ、そっちはロボットに変形する戦闘機のパイロットでしたが。

 実はわたし、作詞もやっておりまして、あわよくば1曲くらいわたしの書いた歌をプロが歌ってくれたら。そんな淡い夢をいだいております(笑)。

■さて、現実を振り返ってみる

 エンジニア、特にIT系のエンジニアって、かっこいい仕事なんだろうか。個人的には何ともいえない。デスマーチで死にそうな顔してたり、小難しい屁理屈を並べたりと……。あんまりいいイメージはない。

 そんなIT系のエンジニアを彼氏にもった女性は、何を思うのだろうか。

■実はかっこよさって大事だと思う

 以前、工事現場で働いていたのだが、職人さんを見てかっこいいなぁと思うことがよくあった。まぁ、体を動かしているので引き締まってるとか、男らしいとか。そういうのもあるが、何より笑顔が輝いている。そして、明るい。

 IT系のエンジニアもそれに匹敵する要素はある。頭の回転が速かったり、キリッとスーツ着こなしたりと。でも、なぜか笑顔で負けている人が多いです。

 エンジニアも仕事で輝いていると、かっこよく見えるように思う。見方をかえれば、かっこよさも重要な気がする。

■P.S. 恋人募集中(笑)

 最近思うのだが、仕事は自分が輝くための手段でもいいんじゃなかろうか。世界中にあるお金は有限だ。みんなが奪い合えば争いが起こる。

 それぞれが輝くのは、街灯が一斉に灯るようなものだ。輝く人が多いほど、街は明るくなる。心の状態なので尽きることはない。やり方次第で、何人でも輝ける。

 “わたしの彼はエンジニア”。もし彼女がいたら、誇りを持ってそういえるようにありたい。現在彼女募集中(笑)。絶えず輝けるエンジニアであれるよう、日々精進していきたい。

日本語に誇りを持ってほしいものです

2010/09/24 17:58:00

■会社で公用語?

 最近、「楽天やユニクロが社内での公用語を英語にする」という話を聞いた。「日本のオフィスも含めて、幹部による会議や文書は基本的に英語にする」だとか。率直なところを述べると、「安易だ」と思った。仕事の相手先が外国でも、ここは日本だ。

 英語学習を推奨するのはいいと思う。しかし、日本語の話者同士で英語を使うことを義務化するのはいかがなものなのだろうか。

■英語を使う前に、ものの伝え方を覚えるべき

 どこの国の言葉でもそうだが、ものを分かりやすく伝えるのは難しい。また、言葉じりの問題だけでなく、確信や思いを込めて言葉で伝えるのも重要だ。

 日ごろ、日本語でそれができているだろうか? 英語を覚える労力があるなら、物事の伝え方を考える方が有益だと考える。

■己の持つものを大事にすべき

 英語で書かれた知的情報は膨大だ。その知的情報を活用できるのはすばらしい。情報を利用するために英語を覚えるのはいいとしても、それが自国語を使わない理由にはならない。

 そもそも、日本国内での業務がある。そこはどう考えているのだろうか? 外国だけを相手に仕事をしていくわけではないだろうに。

■実際はどうなるのだろうか

 実際問題として、日本人だけの場で「英語を話せ」といわれてもなかなか難しいだろう。できたとしても、実際の英語では使わないような表現を使ったりはしないだろうか? おかしな表現の使用は、奇妙なしきたりを生みそうな気もする。

 それに、外国語1つ覚えるのもなかなか骨が折れる仕事だ。現在の業務を続けながら英語を覚えるのだって、けっこうな努力が必要だ。人によっては1年間、みっちり英会話に通ってもものにならない人も多い。現実的には、全社員の1割が実現できれば上出来だろう。

 トヨタ自動車やソニーもグローバルな企業だが、日本語で世界進出している。言葉を覚えるのだって大事だが、本質的には「よい商品を作ること」が大切じゃなかろうか。

■むしろ日本語でいくべきだ

 個人的な経験だが、英語圏にも通じる日本語がけっこうある。「ハァ~?」とか「え?」です(笑)。こういった単純な言葉は表情で通じたりする。

 そして、言葉より通じるのが自分の「自信」だ。小手先で言葉を覚えるより、よい製品やサービスを作り上げること。自信を持って「これが日本製品だ!」といえればそれでOKじゃなかろうか。

 日本人として、もっと自分に誇りを持つべきではないだろうか。

リスキー・ヘブン

2010/09/16 17:30:00

■誰だ。こんな物ばらまいたのは

 ヘルプデスクをしていると、ときどきウイルスを踏んだ人をサポートすることがある。自分の中では、(ウイルスを踏むことを)“地雷踏んだよ……”などと無意識にいってしまう。

 現実の地雷よりは一見、扱いが楽そうだろう。ウイルスに感染したとしても、PCならリカバリしてしまうという手があるからだ。しかし、現在わたしのいる現場ではそれができない。感染したPCにて、手動でウイルスを削除していくのだ。

 はっきりいってめんどくさい。そもそもなんでこんなにウイルスを踏むやつがいるんだ……。

■まぁ、踏んでも文句のいえない環境なんだが

 これだけウイルスが繁殖しているにも訳がある。会社でUSBメモリを使ってファイルをやりとりしているからだ。ほかにも理由はあるのだが、あまり列挙すると会社が特定されるので伏せておきます。

 わたしのいる会社に限らず、ITの投資を渋ったり、社内でIT関連の人材の育成を怠って、気がつけばリスクだらけ。また、リスクといわないまでも、調べるとヤバイ話ぼこぼこと浮上する。そんな話をよく聞きます。

■足の踏み場もなくなる前に

 会社の抱えたリスクって、解消に工数もかかるし、費用もかかる。ただ、リスクをつぶしてもすぐに利益が上がるわけでも無い。実害の一歩手前なので、放っておいても条件がそろうまでは無害だ。

 そんなことで、リスクをつぶすより、売り上げを確保するために拡大を優先する。わたしが勤めた会社では、そういう傾向の強い所が多かった。

 ~ここで一句~

 気がつけば いつの間にやら 地雷源

 そういうことがないよう踏み留まって、1つ1つのリスクに向き合うことも大切なんじゃなかろうか。売り上げ達成とか、新規事業に沸いている一方で、床下に潜り込めば大量のシロアリがいる可能性もある。

 会社という天国は、自分たちが思うよりも、リスクにあふれているのかもしれない。

お客さまは神さまです!

2010/09/02 17:30:00

 某有名演歌歌手がいった言葉だったっけ。

 いつのまにやら、客商売してる人に広がっていって、ついには、IT系業務をしていても聞くほどになった。どっかの誰かがいっていたなぁ。これは客ではなく、商売する側のいう言葉だって。今回は、この言葉をいろんな角度から検証してみたい。

■お客さまは死神です!

 お客さまは仕様変更が重なると、神は神でも死神になります。まるで大自然の気まぐれのような意志決定1つで、こちらはたちまちデスマーチに突入します。

 こちらが生かされるも殺されるも、その手にゆだねられている。まさに死神といえるのではないだろうか。こうなると、お客さまは恐怖の対象だ。恐怖の元に信頼は生まれることはない。ただ殺伐とした関係が続くだろう。

■お客さまは紙です

 年配の重役方は会議が好きだ。会議の場には、現場の方が血と汗を流して売り上げた結果が書類にまとまっている。そう、重役方は直接、お客さまと目を合わすことがないのだ。紙に書かれている数字。これが彼らにとっての“お客さま”だ。

 実際には顔も合わせることも、言葉を交わすこともない。まさにお客さまを「紙に書かれたデータ」としてしか認識していないのだ。こうなると、お客さまはゲームのキャラクターだ。そんな扱いで誠意は生まれることはない。かけ引きみたいな関係が続くだろう。

■結局、お客さまは人間です

 お客さまを生物学的に見れば、まちがいなく人間です。動物と取引している人はいない(悪魔と取引してそうな人はたまにいるけど……)。双方がこの認識に立つと、一番自然だろう。子供でも理解できる事実で、間違いがない。

 まさにお客さまを1人の人間として認識するのだ。こうすれば、お客さまは理解できる対象になる。お互いに思いやり、譲り合うことで信頼を生みだせる。お互い利益を生み出せる関係になれるだろう。

■しかし、あえていおう。お客さまは「神さま」です

 ※ここで、「神とは何か」を1から語る気はないので、持論でいかせていただきます。仮に神がいたとして、人に恩恵を与えはしないだろう。神はいたずらに欲望をかなえるのではなく、試練を与えてくれる。こちらも一時的に苦しくはなっても、乗りこえることで成長できる。結果、自力で幸せになれる。

 まさにこのような意味で、お客さまを「神さま」として考えるのだ。よきも悪きも“与えられたもの”。こうすれば、お客さまは自分の成長の糧だ。理不尽なことをいわれても、自分に与えられた試練と受け取って、淡々と乗りこえることができる。自分が成長できる関係になれるだろう。

■何も結果を1つに絞る必要はない

 個人的な見解だが、どうもIT系の人は答えを1つに絞りたがる傾向がある。角度を変えるだけで、いろいろな見方ができる。“お客さまは神さまです”この言葉1つとってみても、これだけの受け取り方ができる。それぞれの立場や条件の数だけ、ものの見方があるのではないでしょうか。

 自分の持つ答えに固執せず、いろいろな方面から見ることで解決できる物事もあるはずです。

おまえはもう、死んでいる

2010/08/27 18:30:00

 タイトルは、某漫画の主人公の決めぜりふです(一度でいいから、こういうところでいってみたかった)。

 ある職場で仕事をしていて、不意にこのせりふが頭をよぎったことがある。

 しかし、某漫画のようにかっこいい場面ではなく、もっとリアルで生々しい場面だった。そのときの話をしよう。

■大量のモヒカン出現!

 とある現場にわたしが着任したときのことだ。新しい席に座り、パソコンを立ち上げる。ファイルサーバの中をみると、意味不明な資料がわんさか。これはいったい何なんだ!

 わたしは打ちひしがれた。直属の上司に話を聞くと、難しい話が続いた。いいたいことがまったく分からん。得意そうに説明する上司だが、説明を受けているというより、捕まって尋問を受けている気分だ。自分に理解力が足りないのか? 卑屈な気持ちがわき上がり、さらに打ちひしがれる。

 こうなると、不本意ながら、上司が悪の親玉に見えてしまう。プロジェクトの人数は決して多くはなかったが、悪のモヒカン軍団に囲まれた気分だった。

■そして、俺は荒野に舞い戻る!

 毎日、仕事がゆうつつだった。過度の残業が続き、疲労もピークだ。あぁ、この職場に救いはないのか? そんな暗い気持ちで年末の休みを迎えた。

 しかし、転機は訪れた。新年が明けて初出勤の日のことだ。1つの閃きが、不安を吹き飛ばし、わたしを奮い立たせた。たった1つのひらめきで、ここまで人間変わるものだろうか? 気分はもう、無敵の拳法家だ! 邪魔する人は、指先1つでダウンできそうなくらいに、強気な自分がそこにいた。

 俺は、この荒野(仕事場)に再び舞い戻ったぞ!!

■おまえの経絡秘功をついた!

 1つ確信を得ると、人は強くなる。そして、眠っていた能力が目覚めたりする。理解できるんです。あの意味不明な資料の中身が。上司に何をいわれようと、しゅく然と思考はまわり続け、次に何をいうかまでもが読めたりもした。

 まさに、プロジェクトの経絡秘功を突いた感覚があった。そして、一通りすべての資料を理解した時に、あのせりふが頭によぎった。

 「おまえはもう、死んでいる!」

■しかし、実際死んでいたのはわたしだった

 ところで、正月明けにわたしが何にひらめいたのか? そう、“上司のいってることが間違いなんだ!”と気付いたのだ。そのため、技術的に致命的な間違いを犯していた。

 このプロジェクトに来た時点で、それはもう、取り返しのつかない状態だった。そう、わたしはもう、死んでいた。

 そんなことで結局、体調を崩す兆候が出たので早々にこの現場を去る羽目になった。風の噂ではこのプロジェクト、大炎上したあげくに大赤字を叩き出したそうだ……。

■そして俺は、また立ちあがる!

 某漫画のように、悪党をなぎ倒してハッピーエンドで終わるほど、現実は甘くなかった。そしてかっこよくなかった。本当にぼろぞうきんのようなものでした。

 しかし、淡々と困難に向かい続けていれば必ず何かを見いだせる。どんな窮地に陥っていても、意外となんとかなったりするものだ。どうもそこだけは漫画と同じようだ。

 IT業界に入って以来、毎日がうちひしがれては立ち上がりの繰り返しだ。某漫画の主人公見たいな、どんな障害にも徒手空拳で向かっていける強い精神力が欲しいものだ。今日も淡々とがんばっていこう!

おっちゃん、これ、パソコンっていうんだよ

2010/08/20 18:20:00

 パソコンが普及し出して十何年経つだろうか。もう、一家に1台レベルで普及してるくらいの勢いだ。いまや、家電量販店に行けば、さまざまなパソコンが並んでいる。最近のパソコンは性能がいいし、値段も手ごろである。

■広まってはみたものの、はてこれはなんじゃろうか?

 パソコンが広まったこと。これはわたしにとっては嬉しいことだった。でも、よく考えてみれば、パソコンって家電なんだろうか? もともとは事務機器じゃなかったっけ?

 家電といえば、コンセントに繋いで、ボタンをちょんちょんと押すだけでほぼ思いどおりに動いてくれる。パソコンもそんな感じで動いてくれると、そんなイメージを持っている人が多かった。

 以前、パソコンの出張サポートをしていて、そう感じた。普及したはいいけど使いこなせない人が多い。その理由の1つがこれじゃないだろうか。

■何でそうなったんだろう。考えてみた

 まず、CMの影響が大きいような気がする。テレビでやっているパソコンのCMって、簡単に扱えて何でもできる魔法の箱! みたいな雰囲気を漂わせている。夢は膨らむけど、何か違和感。実際は、根気よく餌付けしないとなついてくれない野犬みたいなもんだぞ、と。

 使う前にごちゃごちゃ設定が必要だったり、アップデートやデータのバックアップやらメンテナンスが必要な上、ひょんなことでトラブルが起こる。CMの内容と現実との隔たりが、かなり大きくはなかろうか。

 CMのおかげで、パソコンの普及には成功したと思う。しかし、間違ったイメージも同時に広まったように思う。

■魔法の箱の中身

 パソコンは確かに魔法の箱かもしれない。とんでもなく難しい計算も難なくこなしてくれるし、世界中の情報も簡単に入手できる。やろうと思えば、絵を描いたり音楽を作ったりもできる。前世紀では想像もつかないようなテクノロジーが満載だ。

 しかし、よく考えてくれ。ゲームの中でさえ、魔法を使うには経験値を積まなきゃ覚えないし、使うたびにMPを消費する。現実に魔法の箱を使おうと思えば、このくらいの労力や調べごとは必要なのではないだろうか。

 仕事柄、年配の方からパソコンの使い方について聞かれることがある。どうも、思ったように動いてくれないとのこと。そして、CMで見たイメージやお店の人から聞いた話を教えてくれる。

 それを聞く度に頭に浮かぶ言葉がある。それが、

 「おっちゃん、これ、パソコンっていうんだよ」

の一言だ。指先1つで思いどおりに動いてくれる便利な機械ではない。的確に指示を出さないと動いてくれないひねくれたコンピュータである。

 パソコンがどういうものか正しいイメージが広まっていれば、もっと多くの人が使いこなせていたかもしれない。そして、IT系の管理業務も、もっとやりやすくなったのではないだろうか。

 きれいな女優さんが、今日もCMで流ちょうにPCをいじり回していた……。

Officeの憂鬱

2010/08/10 18:18:00

 はじめまして。Anubisと申します。

 いろいろな仕事を渡り歩き、行き着いた先がIT系。サーバのエンジニアやら社内SEをへて、現在はヘルプデスクをやっています。

 今回、コラムの投稿は初めてとなります。どうぞ、よろしくお願いいたします。

■現場のサポートでよく聞く声

 Office 2007が発売されて何年たったでしょうか。最近だと、Office 2010まで出ています。2007に関して言えば、発売されたとき「なんであんなけったいなインターフェイスにしたんだ!」という声が大きかったですね。

 出た当初、わたしもMicrosoftが何を迷走しだしたか! とフンガイしました。そして、実際にテスト機にインストールして使ったときにはそのインターフェイスに失望したものです。

 実際、当時のユーザーからは非難ごうごうでした。いつも使い慣れたインターフェイスにもどせ! という声をよく聞きました。

■そして、1つの気付きがわたしを変えた

 ちょっと大げさな言いようかもしれませんね(笑)

 わたしは2007を使用していて、あるささいな機能に気付いてから、2007を積極的に使うようになりました。あの太いリボン、実は隠せたんですね。

 ささいな機能というのは、実際にリボンが必要なときだけ出るよう設定すると、文書が表示する領域を広く確保できるんです。もしかしたら、2003のときより広く表示できてるかもしれません。

 それからというもの、わたしはOfficeに関しては2007を使うようになりました。

■変わってしまったのはそれだけではなかった

 たしかに、2003のインターフェイスは使いやすかった。いろいろこねくり回して、苦労して覚えたものを使えなくなるじゃないか! という声が多かった。

 以前はわたしもこの意見に賛同していました。しかし、リボンのインターフェイスの意図が分かってしまうと、今まで覚えたものがどうでもよくなりました。むしろ、2007を積極的に覚えていこうか、という意欲さえ湧いてきたのです。

 そうなると、以前まで同じ考え方だった人も、何か古いものに固執しているように見えるようになりました。

■いいものが目に良く映るとは限らない

 結局、何がきっかけで考え方が変わったかというと、Office 2007のインターフェイスが作られた“意図”が見えたことです。

 今回はOfficeを例に出しましたが、別に新しいものを取り入れれば良いとは考えません。古いものを捨てるのを良しとする訳でもありません。大事なのは、使い方を知ることかと思います。どんなすばらしい道具があっても、使い方が分からない人にとってはがらくたにしか映りません。

 人でも物でも、こちらから何かを分かろうとすれば、なんらかの答えを与えてくれるのではなかろうか。物や人に理解を求めるのも悪くはない。でも、自分が何かを知ろうとする方が、簡単に利益を得ることができるのではないか。そんな風に思います。

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Anubis
色々な仕事を渡り歩き、今はヘルプデスクをやっている。
いろんな業種からの視点も交えてコラムを綴らせていただきます。

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