ビックデータでは未来は開けない
2013/05/05 21:52:38
■何ででかいのか
ビックデータとは、情報技術分野の用語としては、通常のデータベース管理ツールなどで取り扱う事が困難なほど巨大な大きさのデータの集まりだそうだ。ベンダの戦略や、ビジネスチャンスとか、そんな話でこのキーワードを見ることがある。
ひねくれたとり方をすると、メンテナンスを怠ったが故に、通常のデータベースや管理ツールで扱いきれなくなったデータとも取れる。最近では、どこの企業でも容量の差こそあれ、整理しきれなくなって肥大化したファイルサーバが蠢いている。定義上からすると、あれもビックデータいいのだろうか?
また、何も考えずに社内でのファイルのやり取りをメールで行ってると、メールボックスもビックデータに近い形になる。混沌を極めたデスクトップと合わせて、ローカル・ビックデータと私は勝手に呼んでいる。ビジネスチャンスが潜んでそうな雰囲気は醸し出しているが、ビックデータの実情は、はゴミ屋敷に近いのかもしれない。
■アクティブなデータ
ビックデータと言われるものの大半はアーカイブだろう。常にアクセスされているデータはごく一部で、ほとんどが取り置きや消せなくなったファイルではないだろうか。実際はいろいろなケースがあるからひと括りには語れませんが。
ビックデータへの有効なアプローチを語るとすれば、手元にあるデータをいかにアクティブにするか。……なんだろうか。ぶっちゃけ、よくわからない。過去データばかり漁ったところで、画期的なビジネスチャンスが生まれるとも思えないからだ。
過去のデータは、使える形に加工してさっさと削除したいというのが個人的な考えです。バッサリ捨てて、思考の方向性を変える。という方法でも、同じようにビジネスチャンスなんて生み出せると思う。過去のデータを見るか、バッサリ捨てるか。どっちがいい発想が浮かぶかは、ケース・バイ・ケースだ。
■捨てられない。それは、理解が足りないから
いろいろな会社に仕事で行く事があるが、未だにWindows 98のパッケージが保存されていたり、一度も読まれていないであろう、ソフトウェアのマニュアルが本棚に積まれていたりする。しかし、それが何だか分からないと、捨てるに捨てられないのだ。
そんな得体のしれない物を管理することが重要とは思えない。買った当時は高くても、今さらWindows 98なんて使わない。使わなくなったソフトのマニュアルはさっさと捨てよう。たまに、間違えて必要なものを捨ててしまうリスクもあるだろう。そんなリスクより、自分の所有するものが何なのかを考えない方が、さらに大きいリスクになる。
不要か必要かをしっかり見極めるスキルは、ビジネスで必須のはずだ。また、大量のデータを保存する必要があるのなら、整理する手法は必須だ。ここが欠けるから、データが肥大化するのではないだろうか。
■最善策は人がやる
コンピュータは、人が考えずにぶちまけたデータを整理できるような賢さは無い。条件を決めて振り分けるだけだ。その条件も、人が考えなくてはならない。ぶちまけたデータを、都合よくシステムに押し付けて解決しようとするのは、アプローチが間違っている。
もし、システムでぶちまけたデータをうまく整理できても、それは何の利益も産まない。使う人が、さらにデータをぶちまけるからだ。ぶちまけたデータの残骸をしっかりと見つめて、自分で整理しよう。自分の行動と結果がよく見えるはずだ。
人の手で地道に整理するというのは、時間と根気のいる作業だ。しかし、これをやらないと人は考えない。考えない人間がいくらがんばろうと、生産性なんて上がらない。自分たちでぶちまけたデータを、ベンダーに丸投げしても何の解決にもならない。
時間はかかるし面倒くさいが、地道に自分たちで整理してはどうなんだろうと思う。一見、無益な行動に思えるが、自分の過去を振り返ったり、普段の業務フローを見直す良い機会になると思う。むしろ、そういうところからイノベーションは生まれるのではないだろうか。

Anubis