使いこなしてないにゃん☆

2013/04/08 11:59:00

■ツールをなめちゃだめにゃん!

 みんな知ってるかにゃ?吾輩の先輩でなめ猫っていうのがいるにゃ。「なめんなよ」の一言で一世を風靡したにゃ。グッズとか、CMとかで引っ張りダコだったにゃ。経済効果は1000億円らしいにゃ。うっひゃー。年収一千万とかで威張ってるのが、虫けらのようにゃ。

 今、エンジニアの最前線で働いてる人たちぎゃ、この先輩方を見て育った世代にゃ。それがどういう事きゃ、先輩方の忠告を全く無視してるらしいにゃ。ころもあろうきゃ、自分たちの仕事道具をぺろぺろ音がすりゅくらいなめまくってるそうだにゃ。けしからん!げきおこぷんぷん丸だにゃん!!

■まず、Officeなめまくってるにゃ!

 ミャイクロでソフトが出してるOfficeだぎゃ、使いこにゃしてるエンジニアってどれだけいるにゃ?Excelでセルをミリ単位で揃えて、「へっへーーーん♪」なんて、ポケモンマスターにでもなった気分で鼻高々になっていないかにゃ?パワポでマウスぷるぷるさせながらシェイプを揃えて、カリスマ・アーティスト☆にでもなった気分に浸ってにゃいか?

 Officeの機能を活かさずにファイル作ると、弄った時に作画崩壊!みたいになりやすいにゃ。合言葉みたいに、ある程度の操作レベルをみんなで習得しとかにゃきゃ、ドキュメントのメンテナンスは難しいにゃ。

 そもそも使う道具から間違えてるにゃ。Excelとパワポでちんたら仕事してんにゃ。幼稚園のお絵かき会じゃないにゃ。きちんと図を描くにゃら、ベクター系のグラフィックソフトでも使うにゃ!印刷する書類はWordでにゃ。

■ツールのせいにするにゃ!

 え?Wordってすぐファイル壊れるって?そりゃ、ファイル開いてコピペしかしにゃいからにゃ。シェイプを鳩のフンみたいにぶちまけて「ファイル壊れた」とかぼやいてにゃいか?それ、電気ドリルで鼻をほじって、痛いって言ってるのと同じにゃ。Wordって、にゃんにも考えずにコピペしてると、スタイルの中身が大変なことになるにゃ。ちゃんとグループ文書の機能使って、ファイルを繋げていくにゃ。

 にゃに?ベクター系のグラフィックソフトなんて使わにゃくても、Officeでできにゃろって?一生、電気ドリルで鼻ほじってるにゃ。パワポでプルプルやりながら作ってるネットワーク図も、Visioのデータグラフィック機能使えば、データと連携してサクサク作れるにゃ。それようのソフトには、にゃにかしら必要な機能が備わってるものだにゃ。

 Visio高いって?パワポ弄りに費やしてる残業代よりはずっと安いにゃ。使い方わからにゃきゃ、書店へGo!で本買うにゃ。ExcelとパワポだけがOfficeじゃないにゃ。お客様に「業務効率化」とかのたまっておいて、Officeの使い方すら研究してないのかにゃ?一番身近でよく使うツールをなめ腐ってる輩が業務効率化にゃんて、マンモスに蹴られて月まで飛んでけばいいにゃ。

■ツールは無限に進化するにゃ。

 よく、「Officeはもう、完成されたツールだ」なんて聞くにゃ。そりゃ違うにゃ。おまいらの進化が止まっただけにゃ。技を追求すりぇば、いろんな要求がでてくるはずにゃ。みんなで使いこなした気分に浸ってるから、ツールの進化も止まっただけにゃ。

 ちミャイクロでソフトなOfficeを例にあげてみたぎゃ、他にも同じような例はあると思うにゃ。どんなツールだって、何かを実現したいって頑張った人の汗が染みこんでるにゃ。なめても苦いかショッパイだけだにゃん。

 なめるなら飴でもなめとくにゃん。ツールに自分の都合を押し付けるだけじゃにゃく、研究してみるといいにゃん。面白い発見とか、こんな風なのどうかな?とか、いろんな方向に広がっていって、楽しいと思うにゃん。

迷惑な伝説

2013/02/25 11:59:00

■営業職でやっていた時の話

 昔、営業職をやっていた頃に、こんなやり取りがあった。

私:「すんません、アポとれません。」

上司:「電話何回かけて何本アポ取れた?」

私:「100本かけて1本取れました」

上司:「アポ5本で契約にこぎつけるのが1本だ。500本かけろ。」

このやり取りをしたのが、確か19時。この日は結局、23時まで電話をかけ続けた記憶がある。一応、お客さんといっても一般家庭だ。当然、電話をかけた際に怒り出す人は多かった。だが、どういう奇跡が起きたのか、アポが1件とれた。そして契約に繋がってしまったのだ。

 後日朝礼で、がんばれば結果が出る。という見本としてこの話が取り上げられた。契約を取った人は拍手喝采。まるで、どっかの安っぽい映画の主人公のようにもてはやされた。そして、社内ではこの話は伝説のように語り継がれたのだった。

■伝説の裏にある迷惑

 契約が上がったのはよしとする。しかし、その裏でどれだけの人が迷惑を被ったであろうか。まず、夜中に一般家庭へテレアポの電話かけてた訳だ。これは凄く迷惑だったと思う。しかも、一本や二本ではない。何十本単位で電話した。さぞかし迷惑だったろう。実際、取れたアポも、話聞きたいというより文句言いたかった雰囲気だった。

 また、成功例として取り上げられることで、無茶が一つの手段として確立してしまった。おかげさまで、アポが取れないと夜中まで電話をかける文化ができた。契約を取るのは大事だが、その他大勢に多大な迷惑をかけたり、効率が悪いまま突っ走っても意味が無い。出した結果の反面、問題を積み重ねることになってしまう。

■どこにでもある迷惑な伝説

 これがIT系の仕事になると、俗にいうデスマーチの話が伝説になったりする。例えば、納期が迫って何日通しで徹夜したとか、何日間休みが無かったとか。いつも不思議に思うのだが、これらがなぜか武勇伝として語られているのだ。明らかに失敗談なのにだ。

 私は、無茶をして出した成果は、借金して手に入れた成果だと思っている。当たり前だ。同じことを繰り返せば破綻するからだ。この手の伝説は、成果ばかり語られてマイナス面についてはまったく思索が行き届いていない。

 気軽に語る内容だから、思索が行き届いていないのは仕方無いのかもしれない。しかし、気軽に語る内容としても、あまりに短絡的・・・というか、ずれている感が強い。どれだけ自分たちがものを考えていないのか、自問自答してしまう。

■何でこんな事するんだ?の理由

 携帯電話を持っている人なら、誰でも迷惑メールを受け取ったことがあると思う。以前からくだらな過ぎる内容だったが、最近では、知り合いのメールと勘違いさせるような表題を、わざわざ考えてくる。あれは非常に迷惑だ。企業名が出てたら、そこのイメージは確実に悪くなる。

 迷惑メールも、迷惑な伝説のなれの果てなのかもしれない。ずれた理論がまかり通ってしまって、結果が出てしまい、徐々にエスカレートして現在に至ったのだろうか。普通の人では、迷惑メールを出してる企業の感覚は理解できないと思う。

 しかし、これは他人事ではない。正当な手段を常に講じているのなら、今のような問題だらけの社会にはならないはずだ。ITという業界だけを見ても、感性を疑うような理不尽がまかり通っている。結果とか成果ばかり追いすぎて、実はもっと重要なことが抜けてるのではないだろうか。身の回りの諸問題の原因、それは迷惑な伝説の成れの果てなのかもしれない。

逆アプローチから考える Part3 --見えないところに価値は潜む--

2013/02/11 11:59:00

■本質は君の価値観にはまってはくれない

 私は基本的に、IT技術者にウケるコラムを書く気は無い。どちらかと言えば、ITを知らない人が読んでも面白いと思えるコラムを書きたいと思っている。コラムを書くようになってから、コメント欄や、コラムについたつぶやき、ランキングなどを細かく観察するようになった。

 そこで気付いたのは、意外と人って文章を読んでいないという事だ。例えば、文章が書かれている媒体、誰が書いたかで無意識にランク付けをしたり、一部分だけしか読まずに全体を判断する。そういう人はけっこう多いです。もちろん私も同じだ。

 人に「もっと~みたいに書けばいいのに」と思うようなことがあれば、もう一度文章を読み直すようにしている。そうすると、意図せず読み飛ばしていたり、自分で曲解している部分が見つかることがある。意外と自分の価値観がいいかげんだという事がわかる。

■安易さを無意識に求めていないか

 一般的には、分かりやすい、イコール価値がある。そう考えられる。しかし実際は、そうとは限らない。分かりやすいということは、自分の思考の範囲で理解できる、自分の価値観で受け入れられる。それだけの話だ。自分に必要な情報が、自分の思考力で理解するのが難しいことだってある。自分の価値観を打ち崩すようなことだってあるのだ。

 自分の思考力で理解できない情報、価値観で受け入れられないような情報をってっとり早く処理する方法がある。否定することだ。これは考えずに済むので非常に楽だ。しかし、やり過ぎるとことごとくチャンスを逃す。

■エンジニアとして最大の利益を得るために

 では、具体的にどうすれば、その価値とやらが分かるのか。自分に有用な情報をものにすることができるのか。答えは意外に簡単だ。理不尽をかみしめろ。苦を恐れるな。滅私しろ。それだけだ。

 ただ誤解しないで欲しい。マゾヒストを推奨している訳ではない。これらの事を、自分のできる範疇で受け入れるのだ。できる範囲でやるなら、誰にでもできるはずだ。逆に、自分の許容量を超えたら逆効果だ。また、人にこれらの事を強いると、反発されて情況が悪化する。あくまで自分のできる範囲で。というのがポイントだ。

 自分の価値観を超えたものに直面すれば、当然理不尽を感じる。理解しようと思えば滅私するしかない。そのプロセスに苦しさを感じる。自分の理解力を超えたものと直面しても同じだ。方法がこれしかないなら、いっそ自分から受け入れたらどうだろう。その方が、幾分か負担は減る。自分のやれるだけでいい。そうすれば、自分のやれた分だけ確実に、有用な情報をものにすることができるのだ。

■実のところ、高度な精神性が要求される

 エンジニアというのは精神論を嫌う傾向がある。しかし、自分の価値観を超えたものに直面した時に感じる理不尽さ、苦しさをを乗り越えるには、どうしても精神的なものが求められる。ましてや、精神的に強くなければ滅私なんてできない。

 巷で言われているスキルアップの手段とは、かなり観点が異なるので、理解に苦しむと思う。ただ、そこで無視するか、蔑むか、よく読むかでその先の結果は大きく異なる。ここの分岐点でどういう判断を下すは、精神性が影響を及ぼす。

 何かを理解するために、分かるものから分かるものに繋げていくというのが一般的なアプローチだ。その逆で、全く分からないものから何を理解するかというアプローチでいろいろ考えてみた。万人に理解される内容ではないと思うが、ご理解いただければ幸いだ。

 

逆アプローチの思考 Part2 --駄文を書くスキル--

2013/02/07 9:00:00

■逆発想からの追求

 普通、コラムニストは良いコラムを書くように努力をする。「Part1 --コードから読み取る逆発想--」では全く逆のアプローチで、いかに駄文を書くかというテーマを追求してみた。真の駄文とはどうすれば書けるのか。書いてみると意外と奥が深かった。

~Part1を書く上で気を付けたポイント~

  • 複数のかみ合わないテーマを混在させる
  • 語調を統一しない
  • てにをはを正しく使わない
  • 時系列を混在させる
  • 事例を正しく引用しない
  • 起承転結を崩す
  • 難しい言葉使いをする
  • 句読点でだらだら文章を続ける。
  • 重複表現(同じような意味の言葉や内容)を繰り返す
  • 同じ対象を違う言葉指し示す
  • たまに誤字脱字を入れる
  • 題名、書く章の見出しと関係無い内容を書く
  • 唐突な引用を使う
  • 正しくない情報を使う
  • 同コラム内で矛盾点をつくる

こういったポイントを、一定の割合で文章に織り交ぜることで駄文を意図的に書くことができると考えた。ちなみに、混在させた複数のテーマは、

  • プログラマのコードには高いスキルが求められる
  • マネージメントとは、常に利益と損益で判断される

この二点だ。できるだけ誰もが安易に考えそうなテーマを選んだ。そして、テーマに対する絞り込みも甘くした。前提は一応考えておいたが、整理しないことをモットーとしたため、内容を自分でも説明できなくなった。

 実質的情報量は、普段書いているコラムの20%程度だ。これを思考をループさせ、冗長な表現で膨らませて、フォーカスをぼかした。

■私が書こうとしたもの

 意図して駄文を書くと、これが意外と難しい。書きだしたポイントをどれだけ満たせているかは怪しい。そこまでしなくても、バカとかアホという言葉を連発すれば、確かに駄文は成立する。下品な表現や幼稚な表現でも同じように駄文は成立する。しかし、それは私の書こうとした駄文とは方向が違う。

 人は考えた内容を伝えるために言葉を使う。思考から言葉への変換がうまくない人は、素晴らしいアイディアや世界観を持っていたとしても、それを人に伝えるのは困難だ。その、思考から言葉へ変換するプロセスを観察するために、意図的に駄文を書いてみたのだ。

■実際に書くという意味

 書店に行くと、正しい文章の書き方、わかりやすい文章の書き方について書かれた本はたくさんある。しかし、駄文の書き方について書かれた本は無い。普通に考えれば、そんなものにニーズなんて無い。

 ちょっと話は逸れるが、私が習っている某楽器の先生は、うまく音の出ない生徒の吹き方を再現できる。そして、同じ音が出せる。同じ状況を再現できるので、うまく音の出ない理由を、的確にアドバイスすることができるのだ。

 文章でも、楽器でも、コードを書くのでも同じだ。うまくいかない理由を的確に知るには、うまくいかない状態を再現するのが一番だ。実際に駄文を書いてみると、それがよく実感できた。正しさの理由を認識し、理解するには、間違いの理由や原理も知る必要があるのだ。

■駄文に悪意は無い

 そしてもう一つ重要な事がある。駄文が書かれるプロセスを理解できれば、表現しきれなかった内容に迫れるという事だ。文章のスキルと内面に秘めたものは、必ずしも一致しない。表現がうまくいかないからと言って、罵ったり、嘲笑するのは浅はかだ。

 確かに、文章は読みやすい方がいい。しかし、素晴らしい発想や思考、イメージ、表現、文章のスキルが一致することは稀だ。素晴らしい発想や思考も、言葉として表現されずに、たくさん埋もれているかもしれない。逆に、内容が薄っぺらくても、文章力や表現で膨らませる事もできる。

 駄文自体に悪意は無い。相手に条件を求めすぎると、実際に何かを失うのは自分だ。体裁にこだわり過ぎると、内容が薄っぺらくなる。当たり前だ。体裁を繕うために過剰にエネルギーを注げば、内容を練りこむエネルギーが足りなくなるのは当然だ。そういう見えない損失を回避するために、駄文を理解するスキルと、駄文を受け入れる包容力が役に立つのだ。

逆アプローチの思考 Part1 --コードから読み取る逆発想--

2013/02/04 11:59:00

■プログラマの書くコードとは一つの世界だ

 プログラマの思考というのは深いです。マネージメントとスキルを天秤にかけ、常にメリットを生む選択を迫らなくてはならない。より多くのリソースに精通し、高度な思索力を駆使したスキルに裏付けされた、高い技術力によってのみそれが実現されるのです。

 どうだろう。アップルの創始者、スティーブジョブスに見られる革新的な偉業を見れば分かると思う。彼の地道さと革新さを併せ持つ斬新な発想が、高い技術に裏付けされ一つのアップルというフィールドを形成し、世界に一大旋風を巻き起こし、歴史上たぐいまれなるイノベーションを起こした。 これがプログラマの目指す一つの最終系態と言えよう。

■Microsoftという帝国

 よくIT業界で取沙汰される例として、Microsoftの製品の売り方が例として挙げられる。ハードとソフトを密接に関連させて、マーケティングの手法を駆使することで、技術的アドバンテージより戦略的なアプローチで一大帝国、いわば一つの世界と言えるレベルでの企業を歴史に残した。

 アップルがマッキントッシュで成功し、現在に至るまで、Microsoftという企業内で緻密な戦略が繰り広げられており、そして現在、Windows8が発売されるに至った。しかし、マーケティングやマネージメント一辺倒に偏った手法で実績を無理やり伸ばすため、技術的な先細り感が否めないのだ。

 個人的には、プログラマという観点から考えて、このマイクロソフトの有り方に問題点を感じます。もちろん、高いスキルを持つ者に対しては、相応の報酬を持って対応されることが理想と言えます。そこにマネージメントという概念は存在するのでしょうか。

■コードというレベルでの視点

 マーケティング、マネージメント、キャリアプラン、そういったいろいろな要素はあるが、結局はアウトプットできるコードの質によってすべてが決まるのではないだろうか。プログラマとは、いろいろな要素にもまれつつも、正確に高度なスキルを使いこなし、質の高いコードを常に創造できる存在であるべきではないだろうか。

 巷では、次々と新しい技術が創出される。そういった過剰な競争に、SEというのは今後の生き残りをかけてでも立ち向かっていかなくてはならず、常にスキルアップという重圧に耐え続けなくてはならない立場で、かつ、マネージメント、スキルアップ、計画的なキャリアの構築を進めなければならないです。

 技術的な追従、それが各個人で成されるか、それとも企業単位で構築された仕組みに頼らざるを得ないか。そこが問題だ。

■世界という舞台で戦えるエンジニアになるために

 企業と個人が結びつくことによって、組織的なスキルアップ、団体構成的な広範囲を見渡せるキャリアプランを構築できる基盤が整い、それぞれが持つ100%の実力を初めて発揮できるのではないだろうか。その理想形にどれだけ近づけるかが、今、日本の置かれている情況ではないだろうか。

 今、ネット上では様々なスキルアップに対する議論がなされており、キャリアアップへの関心に余念がありません。グローバルに活躍できる人材として、企業に頼らない、数字を読んで自ら進んで行動できるエンジニア、それが時代に求められています。

 真に高いスキルとは、周りの関係に影響を及ぼし、自然と適切なマネージメントが成り立っていく。そういうものではないだろうか。それがグローバルに活躍できるSEの本来の姿と言えるのではないでしょうか。

エルガイム-Time for L-GAIM-

2013/01/28 11:59:00

■エンジニアとしての時間の有効活用

 時間の有効活用は、エンジニアに限らず、現代人にとっては非常に重要な課題です。同じ時間でいかに多くの成果を出すか。いろいろなノウハウが巷に出回っています。エンジニアであれば、いかに少ない時間で多くのスキルを習得するか。というのが、時間の有効活用になるのではないでしょうか。

 一般的に、多くのスキルを身に付けたいと思ったら、隙間時間を見つけてキチキチに行動を詰め込むアプローチが多いです。今回はちょっと別視点の基準、 L-GAIMについて書かせて頂きたいと思います。

■L-GAIMとは

  L-GAIMとは簡単に言うとこういうことです。

  • 得る(える) → 確信や納得の得られるもの
  • 外(がい) → 自分の専門外のもの
  • 無(む) → 身に付けても無駄と思われるもの

これらの3つをまとめて、 L-GAIMと呼びます。仕事をする上ではこのL-GAIMでタスクが振り分けられることが多いです。

 このL-GAIMを技術の習得に当てはめていくことで、高い効率で納得のいく形でのスキルの習得が可能になると考えています。

■複雑さを認識する

 技術や知識というのは、複雑にいろいろな分野のものが絡まりあって一つの体系を成しています。見る方向を変えるだけで、いろいろな取り方ができたり、時代の流れで捉え方が大きく変わることもあります。

 知りたいと思う知識や技術も、深く掘り下げる過程で、専門外の知識や技術が要求されたり、無駄と思われるような情報が入ってきたりします。効率を追求したり、自分の興味を優先すると、こういったものがどうしても無視されがちになります。

 L-GAIMで言う"得る"以外に疎い。これがスキルが偏ったり伸び悩む原因と考えています。"得る"以外の要素を柔軟に取り入れることで、より広い範囲で技術や知識を見ることができるようになります。技術や知識の持つ複雑さを認知して、解消していく手がかりになります。

■関心は正しさの指針では無い

 関心の高いものを勉強するのは楽しい。しかし、人間が関心を向けられる範囲というのは、意外と狭いものです。モチベーションが高まった状態なら、思うより簡単に知り尽くしてしまうことができます。伸び悩むことの多い人は、そこで止まってしまいます。

 何かを知ることで、新たな関心は起きてきます。L-GAIMでいう"外"や"無"を切り捨てないことで、見える範囲が広くなります。見える世界観が深くなり、モチベーションを保ちやすくなります。また、見える範囲が広い方が、習得したスキルや知識も自然と深くなります。結果として、短時間で高いスキルと深い知識が得られます。

 一般的に、仕事や学校の勉強では逆のアプローチが取られます。本当に時間を有効に使うには、このL-GAIMをバランスよく取り入れていくことだと思います。また、技術や知識の習得だけではなく、人の話を聞くときもL-GAIMを意識すると聞き上手になれるのかもしれません。

 自分の思うより世界は広い。そして、見えないところに素晴らしいものがいっぱい転がっているのだから。

~おまけ~

厨二病とは言わせない

2012/12/28 11:00:00

■変人は相応にして若い

 「若さとはバカさ。そして活力ゥ!みなぎる間抜けさは原初の輝きッ!その言動が滑っても突っ込む突進力は、いずれ常識の壁を打ち破り、孤高の境地へと精神をいざなうのだッ!!」

 最近、土曜日深夜にテレビアニメ「ジョジョの奇妙な冒険」でツェペリさんがこんな事を言っていたような記憶がある。正確に覚えていればの話だが。そこの君。まさか自宅トイレで一人の時、壁に向かって「二重の極み」の練習をしたりしていないだろうか?会議中にふと極度の眠気に襲われ、スタンド能力に目覚めた気分になったりしてないだろうか?

 いや、私はそれでいいと思う。経験論から言おう。仕事できる奴よりただの変人の方が若々しい。仕事できる奴は、会社の役には立つが人生に潤いは与えない。核戦争が起きたら、間違いなく奴らは滅びる。そう。変人は社会の潤いだ。その変人が許されるということは、社会の若さなのだ。

■そもそも病はおまえらだ!

 よく厨二病というが、おまえらの方が病んでいる。実際どうだろう。毎日のように続く残業に体調を崩す人が続出。慢性的な疲労と度重なる無茶。むしろ身も心も病んでいると断言できる。え?みんなそうだからしょうがないだって?ふざけたことを言ってるんじゃーないっ!みんなまとめて病気なんだよ!

 大人数であれば正常。そう考えるのは現代人の悪い癖だ。変人とは少数派。言ってしまえばゲリラ部隊のように孤独なソルジャーだ。しかし、そこに戦う勇気があるなら立派な戦士だ。真実をその手に、地平線の果てにだって走って行けるさ。

■現実と虚構のはざまで

 そもそも、厨二病と忌み嫌われる理由。それは現実を見ていないという幼さが根拠だろう。しかしそれは全面否定させていただく。何も理解できずにプロジェクトを破綻させるPMなんて山ほどいる。無茶な費用と工数で発注する業者がいる。

 無理とわかっていても、「儲けたい」、「立場上」、「プライド」で実行に移してしまう、そいういう人の方が厨二病よりよっぽど現実が見えていない。そう、一般的な社会人はそういう矛盾を山ほど抱えている。しかも、矛盾を受け入れてごり押しすような人が社会の上部を占めている。だからいくら頑張っても世の中は良くならないんだ。

■厨二病と呼ばさないために

 それしか選択できずに厨二であるならそれは問題だ。確かに、成長が未熟であれば厨二と呼ばれる状況になるからだ。しかし、あえて己の目指す道として、そいう価値観を通す生き方がある。そのような人に"病"と付けるのは、はなはだ失礼な話だ。

 そこで一つ提案したい。そう、厨二病ではない。厨二スタイルだ。人生を駆け抜けるためのフォームなんだよ。敵と向かい合った時、必ず構えるだろ。その構えなんだよ。

 「おまえ、IT系のコラムで、何を厨二病について語ってるんだ?」と思われるかもしれない。それは、俺たちITエンジニアの扱うものは、形のない"システム"というなの概念だ。そいつをソフトウェアという形に変えていく。名前の無いような、データの流から現実という数字をはじき出す。

・・・そういう、現実と虚構のはざまで生きている運命(さだめ)だからさ。

さぁ、己の運命に構えろ。それが、厨二スタイルだ。そして走り抜け。現実という名の戦場を。

 

お ち ○ ち ○

2012/12/17 11:00:00

■○の中に"ん"を入れた奴、前に出ろ!

 人の想像力はたくましい。しかし、時にたくまし過ぎる。想像した内容が正しい保障などどこにもない。題名につられて、勝手に脳内補完してはいないだろうか?それだけならいいが、ドイツ原産の肉の腸詰料理を思い浮かべて、頭の中でリズミカルに揺らし、にやけてはいないだろうか。

 題名のインパクトで釣ってるんじゃないか?なんて思ってないだろうか。はい。釣ってます。今回のコラムは、そういう人にこそ読んでいただきたいコラムなんで、ある意味、ギリギリ究極な題名で書いてみました。

■エンジニアが落ちてはいけない罠

 エンジニアが気を付けるべき罠。それはインパクトだ。ちょっとインパクトが強いと、そちらの方に思考が行ってしまって、本題を見失うことがある。そこから思い込みが生じてしまう。事実をよく見ないで、自分の中だけで理屈を組み立ててしまうこともある。

 一般的なところで言えば、女性週刊誌ネタの女性の会話が当てはまるだろう。「○○○、戦慄の不倫騒動!」とか「年収1億円の社長、○○○と熱愛中!?」など、インパクトでまず煽る。内容が云々は読んだ事が無いので分からないが…。たまに叔母様方が電車の中でそういう話題に華を咲かせていたりする。聞こえてくる内容が、暴走してとんでもない方向に話が行ってることが多い。

 インパクトの大きい事件があると、そこから勝手に想像してしまう。さすがに、女性週刊誌でインパクトを受けて、コードの内容がぶれるようなエンジニアはいないと思う。ただし、インパクトの強いミスをして、特定の言語や技術が嫌いになって勉強しなくなてしまう。こういう例ならあるんじゃないだろうか。

■自分は大丈夫なんて思ってはいないだろうか

 私もかつてはそう思っていた。経験から語るなら、CUIからのコマンドでの操作がそれだった。GUIがあるのになんでわざわざCUIで操作するんだ?時代遅れだなぁ。なんて思ってた時期があった。画面見れば分かるのに、なんでわざわざコマンドなんて覚えなきゃならないんだ、アホじゃないかと。しかし、現実は違った。それぞれに明確な利点はあった。CUIから操作した方がLogを取りやすかったり、スクリプトを作るのに覚えたコマンドが役に立ったりした。

 逆の例でいくと、Excelを初めて触った人が「これは便利だ、何でもできる!!」とインパクトを受けて、何でもかんでもExcelで作ろうとする。そんな人を見たことはないだろうか?いくらExcelが便利でも向き不向きというのがある。そうそう何でもできるものでもない。コンピュータ弄り始めた人にとって、Excelはインパクトのあるソフトだと思う。そこから変な理屈が組み上がってしまう人もいるのかもしれない。

■覆すべきは自分

 自分のコレと思う道を突っ走るのがスキルアップに繋がる。そう考える人は多い。しかし、私はそれだけじゃないと思う。自分が"要らない"とか"無駄"と思ってるものに可能性は埋もれている。ここを掘り起こすアプローチをしているだろうか。

 コレは凄い!とか、コレは正しい!というものを追いかけるのもいいが、案外、自分の毛嫌いしているものに自分の成長に繋がる要素があったりする。ただ、そういうものにはインパクトが無い。逆に、「コレはダメだ!」という反対ベクトルのインパクトがあったりする。インパクトで流されやすいと、ものを見る視野が狭くなるのだ。結局、チャンスを逃し易くなるので、インパクトにつられずに、きちんと中身を見よう。

 熟練したプログラマが"Howdy, World!"で強いインパクトを感じることは無い。本当に納得のいく真実というのは、そういう淡泊なものかもしれない。達成感とか、落胆とかそういうものを一周して、「そういうものだ」という感覚だけが残るのではないか。私はそう考えている。

 そんなことで、インパクトに流されないこと。ここには気をつけたい。タイトルが「お ち ○ ち ○」だからって、終始ふざけている訳ではないんだよ、諸君。「お ち ○ ち ○」のタイトルで、ちょっと真面目に語ってみた。

心眼でググり読め。

2012/10/24 14:36:00

■いちいち過去を掘り返してみる

  かなり前に、ひでみさんの書いたコラムを読み直してみた。

ググるな危険:http://el.jibun.atmarkit.co.jp/hidemi/2009/11/post-9d2b.html

 分からない事があればとりあえず「ググれ」で済ます風潮に一石投じる良いコラムだと思う。今、読み返しても改めて考えさせられることがある。

 実のところ最近、新人を教育することがあって、ふとこのコラムを読んで見直してみたところです。

■これをやってる人はいないのだろうか

 このコラムを読んで思ったのだが、Googleの検索結果の先をキチンと読んでる人はいるのだろうか。と思った。読むと言っても、将棋などで手を読むような。そういうのをやってる人はいるのか疑問に思った。

 最近、新人に分からない事があったらググらせるようにしている。よく返ってくる答えが「ググっても答えが見つかりません!」です。そんな後輩に対しての私の答えは「先手読んでるか?」です。どんな結果が返ってくるか、何も考えずに調べても無駄だ。そんな調べ方では、たとえ答えがそこにあったとしても、気付くことができない。実際、答えやヒントがあっても気づいていなかった。

■俺流に奥義を紐解く

 ググる時は、きちんと心眼で見ろ。見えないものを見るんだ。見えるものを見るのが心眼じゃない。集中力を極限に研ぎ澄ました時、何かが"見える"ように感じる事ができる。それが答えと今をつなぐ"道筋"だ。あとはそれをたどるように指を動かせばいい。気づけば求めていた答えがそこにある。

 人間レベルの思考に頼っても限界がある。己の内に秘められた力を解放するんだ。人は誰でも、自分の持てる能力の10%も使えていない。自分の能力は認識を超えた領域にも存在する。それをGoogleというインターフェイスに叩き込んだ時、答えはそこに舞い降りるんだ。

■頭に蛆虫は沸いていません

 この説明を読んで、とうとうコイツ狂ったか。と思った人も少なくないだろう。まさかこんな人が新人教育してるんじゃ世も末だと思っていないだろうか?まぁ、個人的には否定しないが。

 ただ、きちんとググって答えを導き出せる人の説明って、できない人から見れば先程の説明と同じくらい意味不明だろう。聞く側も教える側も何も狂ってはいない。ただそこに言葉で表現しきれない差があるだけだ。

 ただ、こう言えば分るだろう。ググって読め。これを的確にこなしていけば、Googleでどういう答えが返ってくるか予想ができるようになるだろう。

 当たり前だが、答えなんて自分の望む形で返ってくるとは限らない。そんな予想外な答えを、いきなり理論で説明するのは無理だ。そんな、答えにならない答えをどう処理するか。まずは感覚に任せるしかない。少しずつ切り崩して理論に落とし込むしかない。

 つまりこういう事だ。ググった内容を集中してよく読め。それを繰り返せば、見えない概念が見えてくる。そんなことで、新人にはこう教えている。

「つべこべ言わず、心眼(説明がつかないレベルの鋭い精神集中)でググり読め。」

自分のスキルの価値って、実質どのくらいなのか

2012/04/18 10:37:44

■意外と低いスキルの価値

 自分のスキルの価値については、エンジニアなら誰でも気になるところだろう。しかし、現実は厳しい。いち個人という単位で考えれば、誰のスキルであれどハナクソくらいの価値しかないだろう。そんなもんだ。

 「いや、そんなことはない。俺が会社の技術的な部分を支えてるんだぞ!」という方がいるかもしれない。しかしそういう人に言いたい。君がいなければ、他の人がやっていた。それだけだ。君がすごいんじゃなく、たまたま君がそのポジションにいただけだ。逆に、君が退くことで伸びていく人も大勢いるかもしれない。俺は偉い。そう思ってふんぞり返っている君は、逆に邪魔なのかもしれない。

■スキル根本は他人の成果物

 スキルというのは対象があって始めて成り立つ。ここで考えてみよう。君が関わっている技術、プログラミングの言語でも、ミドルウェアでも何でもいい。たとえどんなに高いスキルを持っていたとしても、使ってる言語やミドルウェアは他人の成果物だ。君のスキルはそこにちょこんと乗っているに過ぎない。

 つまり君1人がいなくても、君以外の人たちの成果物やスキルで世界は回る。たとえ君が偉大な発明を成したとしても、結局は人の成果物の上で背伸びして、たまたま一線を越えたにすぎない。君じゃなくても、時期がくればきっと他の人がやっていたことだろう。

 そう思った方が、謙虚に学んでいける。書籍や諸先輩方の言葉は、立派な成果物だ。人の残してくれた成果物は、きちんと感謝して受け取ろう。

■スキルは個人単位で価値を発揮するものでない

 スキルとは、個人単位では何の価値も発揮しない。前人の成果があり、それを使う人がいて初めて、価値を発揮する。この事実をしっかり認識することは、とても重要だ。

 よく、前人の残したすべての成果物を使いこなしている。だから自分にはその全ての成果物と同じ価値がある、と勘違いする人がいる。それって、人から受け継いだ恩恵を認識していないことではないだろうか。

 スキルは、決して個人の所有物でない。社会的な資産だと私は考える。

■本当のスキルの価値

 結局、どんなに天才であろうと、1日に書けるコードの量なんてしれている。どんなに優れた成果を生み出そうと、それを使う人がいなければ、後世に受け継がれない。君がどれだけ優れているかではない。君の後をどれだけの人が歩いていけるか。それがスキルの本当の価値だと思う。

 コードを書くにしても、人が後から読んで分りやすいコードが良いコードだと言われる。自己主張の激しいコードを良いコードとは言わない。自分という枠でしかスキルを考えない人が、読みやすいコードを書こうとするだろうか。自分さえ分ればいい。そういうコードを書くと思う。

 本当にスキルの価値を高めたいと思うなら、人に受け継いでこそ価値があるのではないだろうか。それを怠れば、残した成果物が、逆に正体不明のブラックボックスになって襲い掛かってくる。作った人のスキルが高いほど、凶悪なモンスターと化す。

 決して、個人の持つスキルの価値を否定するのではない。人に継いでいくことでその真価を発揮して欲しいと思っている。自分スキルの価値ばかりにとらわれてはいけない。

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コラムニスト プロフィール

Anubis
色々な仕事を渡り歩き、今はヘルプデスクをやっている。
いろんな業種からの視点も交えてコラムを綴らせていただきます。

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