いろいろな仕事を渡り歩き、今はインフラ系エンジニアをやっている。いろんな業種からの視点も交えてコラムを綴らせていただきます。

量子コンピュータが実用化されても私たちはExcel方眼紙を書き続けるんじゃないか

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技術へのビジョンと現実

技術系の情報を漁っていると、量子コンピュータなんてキーワードを見かける。なんでも、現在出回っているコンピュータと仕組みが根本から違っていて、桁違いの性能を発揮するとか。中国やアメリカなど、こぞって投資をしてこの先端技術を切り開こうと活気づいているとか。対する日本は、桁下がりの予算しか出さずに「技術大国」などとのたまっている。何かの悪い冗談だろうか。

もし量子コンピュータが実現したらどうなるだろうか。まさか、Windowsの32bit版、64Bit版の横に量子コンピュータ版が並ぶとか。多分、日本のお偉いさん方の認識はその程度だと思う。というより、想像すらできないだろう。今、手元にあるWindowsですら、その上で動いているExcelですら未知の文明から授けられたオーバーテクノロジーと化している。驚く程にITリテラシーが低い。

昭和の初期、SF漫画でドラム缶みたいなロボットが「今日のお食事は何にいたしますか?」なんて聞いてくるような描写があった気がする。あれが日本のお偉いさんの技術に対するイメージだ。技術が発達していけばああいう世界が実現すると漠然と思っている。昭和の初期のように、ただ頑張っていれば勝手に技術は発達していくというのが、一般的な日本人の認識だろう。自分で技術を追いかけるという発想が無い。

外国では日本人の想像する昭和のSFの斜め上が実現している。アメリカでは電子書籍が普及して紙の書籍が売れずに書店がどんどん潰れているそうだ。中国では電子マネーが急速に普及してている。彼らは現実に対してアグレッシブに変革を求める。技術と真摯にむきあっていて、ビジョンもはっきりしている。これが日本人との大きな差だ。だから量子コンピュータに予算が出る。

個々のエンジニアに打てる手はあるか

現時点、インフラエンジニアである私に量子コンピュータに対して打てる手は無い。多少、ハードウェアに詳しくても、現行のものと全く仕組みが違う。既存の技術というのは、コンピュータの仕組みが変わると途端に役に立たなくなる。以前にもてはやされたPC自作のスキルにしても、サーバのハードウェア障害の切り分けの役に立ったりしたが、AWSを持ち出されると出番がなくなる。

量子コンピュータが普及したら、プログラミングの言語にしても大半のものがレガシー扱いになってしまうだろう。下位互換としてRubyの量子コンピュータ版なんて出るかもしれないが、プログラミングの仕組みや考え方も大きく変わってしまう可能性が高い。そもそも、量子コンピュータ版のLinuxとかWindowsなんて出るんだろうか。それ自体も怪しい。今までの常識の多くが覆されるだろう。

大きな流れの変化に対して、エンジニアの積み重ねた技術というのは簡単に覆る。これは事実として認めた方がいいと思う。ただ、鍛えた思考力は裏切らない。新しい技術が登場したときに困るのは、暗記した記憶や既得権益で食いつないでいるエンジニアだ。新しい技術には発想の切り替えでしか対応できない。それができるかどうかは、個々の取り組み方次第だ。

ちょっとググってみると、量子コンピュータと既存のコンピュータは共存するというがヒットした。私はこの説が一番有力だと考える。ついでに言うと、やっぱりあった。量子コンピュータ云々とExcelの。こちらを読んで分かるのが、ほんとExcel好きだよなということと、高校の時真面目に数学を勉強しておけばよかったという二つだ。

理解したいという気持ちはあるか

このコラムを書くにあたり、量子コンピュータについてサラッと調べてみた。はっきり言ってよく分からんかった。自分の能力不足を痛感した。今までと違う概念で、演算の速度を飛躍的に上げることができる技術が使用されるということがうっすら見えたくらいだ。現行のコンピュータすらよく分からない人が理解するのは不可能だろう。

物事を理解するには体系的な知識が必要だ。それぞれの経験に基づいて理解できるレベルは江戸時代までだ。大半の日本人は、製品化されたらメーカーの人が小学生でも分かるようにかみ砕いて説明してくれるとでも思っていることだろう。日本の企業がITで取り残される大きな要因はこれだと思う。だが、そんな殿様気分であぐらをかいていると、世界から大きく遅れを取ることになる。

日本と海外の大きな違いは、新しいものを理解しようとする意欲の差だ。中国人やアメリカ人を見ていると、新しいものを理解しようとする姿勢が真摯だ。このアグレッシブさは大いに賞賛して見習いたい。最新の教育を受けた学生を大いに優遇して、組織にノウハウとして取り込んでいる。一方日本は、年功序列で新しい技術を学んだ学生に自分たちのルールを押しつけている。

量子コンピュータが普及したとして、それをどう活用するかで大きな差が生じる。日本の企業には構想が無い。根性で頑張って、金をかけずにExcelで何でもこなせるのがスキルだと勘違いしている。日本人のこの考えが改まらなければ、いつか本格的にまずい状況に陥るのではないかと思う。いや、すでにかなりまずい状況に陥っているのかもしれない。

日本のSIerでは量子コンピュータの仕様書は書けない

大手のSIerで働いていると、Excelで手間をかけるのが丁寧な仕事と見られる。はっきり言って、汚いし視認性も悪い。メンテナンス性も最悪だ。それでも、一生懸命に手を動かしていれば満足するようだ。視認性という概念すら説明しても通じないし、メンテナンスは手間をかけてこそだと思い込んでいる。もう、Excel方眼紙が非要件定義になっているようにも感じる。

私なりにいろいろなサイトで量子コンピュータの説明を読み解てみたが、これだけは確実に言える。Excel方眼紙で量子コンピュータの仕様書を書いたら死ぬ。そもそも、理解するための前提知識が高度なため、誰が読んでも理解できるようなドキュメントにはまとまらない。本気で理解しようとしないと理解できない。ベンダーやエンジニアに説明を丸投げのような姿勢で臨んだら、脳みそが四散することは間違い無い。

量子コンピュータをちょっと調べただけで、今まで見たことのないような数式がわんさか出てきた。適当な箇条書きやポンチ絵、なんでもかんでも表に情報をブチこむ、そういう場当たり的な書き方ではドキュメントが成立しない。ドキュメントというより、大学で発表される論文に近い。ドキュメントを書くスキルもそうだが、技術文書を読み解くスキルも無ければ、情報のやりとりすらままならないだろう。

これを機会に私も技術との向き合い方を考えてみたい。目先の製品をいじって「わー、たのしー♪」だけではなく、大学で公開されているような論文にも目を通してみようかと思う。技術に向き合うにしても、根本的な学術に対するセンスが問われる時代が来ているのかもしれない。今回コラムを書くにあたり量子コンピュータについて調べてみたが、技術の書き残し方について考えさせられた。

Comment(4)

コメント

user-key.

どこまで理解が必要か?で変わってくるのではないでしょうか?


スマホの地図アプリ(GPS)を使うのに、相対性理論を理解する必要ないが、ORMがあるからSQLをしゃべれるなくても良いとは限らないし。


「量子コンピュータをちょっと調べただけで、今まで見たことのないような数式がわんさか出てきた。」少なくとも工業高校の工業数理で学ぶ、式や概念だし、慣れの問題かと。

けい

根本的な部分だけでももう少し勉強されてから記事を書いたほうが良いかもしれませんね。


「理解しようとする意欲」が重要なのはどういうですが、意欲だけで結果のアウトプットは変わりませんよ。

Anubis

> けい さん
とりあえず、コメントの炎上防止のため一応、指摘させていただきます。


量子コンピュータに関するコラム → ×


説明に専門性が問われるドキュメントにどう取り組むか → 〇
(例として量子コンピュータ)


前者ならご意見はごもっともだが、私は後者のスタンスで書いています。批判ベースで物事を見ると欠けている部分を探す読み方になり、主題の取違いがよく起きます。ご注意ください。


ただ、主題に関する内容を最後の部分に詰め込んでいるので、文章のバランスが悪く、読みにくさがあったと思う。自分のコラムを読み直してみたが、前半、言いたいことを書いたので、主題がぼやけていたかもしれない。


批判して自分の優位性をアピールするか、何かを見出そうとして読むか、両者の分かれ目が「理解しようとする意欲」だと考えております。読み手の意欲で大きく変わるというのが、経験を通じた私の見解です。

Anubis

> user-key. さん


> 「量子コンピュータをちょっと調べただけで、今まで見たことのないような数式がわんさか出てきた。」少なくとも工業高校の工業数理で学ぶ、式や概念だし、慣れの問題かと。


これを読んで、書店の数学書籍のコーナーをうろついていたのはここだけの話。

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