いろいろな仕事を渡り歩き、今はインフラ系エンジニアをやっている。いろんな業種からの視点も交えてコラムを綴らせていただきます。

おっさんになってから食いっぱぐれないために

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会社からあぶれたおっさんたち

 平日のハローワークに行くと、渋い顔をして求人を物色している五十代くらいの人が多くいる。年齢が若ければ新しい仕事も決まりやすいが、年をとるとなかなか難しくなる。一般的に年をとると扱いが面倒くさくなる、給料が高い、伸びしろを期待できない、等が理由に挙げられる。

 ある意味、年功序列の弊害と思う。年功序列にすると、能力を磨くより社内のポスト争奪戦にエネルギーを費やすようになりやすい。例えるなら、ソーシャルゲームに課金するようなものだ。ソーシャルゲーム内で課金をすると、レアアイテムを得られる。このレアアイテムを集めることでゲームを格段に有利に進めることができる。社内における立場なんて、ソーシャルゲームのレアアイテムのようなものだ。社内での価値は絶大だが、外に出ると全く意味を持たない。

 年功序列の弊害は、こういうソーシャルゲームで大量課金したようなおっさんを大量生産してしまったことだろう。自分のテリトリー内で有利に進めることばかり考えたが故に、外で通じなくなってしまった人たちだ。下手に頑張ったり、虚構の実績があるせいで、変にプライドが高くなっている。前職の社名とポストでしかアピールができなければ、それは再就職先も見つからないだろう。大学名だけで勝負を挑む新卒みたいなものだ。

 こういうおっさん方を「自己責任」と批判するのは簡単だ。しかし、会社組織で働いている人の大半が同じような状況だ。自分の会社の外に出て通用するようなスキルを持っている人はごくわずかだ。こういう人たちを笑えるような状況ではない。彼らをみて笑う前に自分の身を真摯に振り返るべきではないだろうか。

あぶれない努力よりあぶれても這い上がれる強さを

 会社で働いていると、集団催眠にかかったような状態になる。会社にいかに従属することが大事と思い込んでしまう。従属するほどに価値があると勘違いして、隷属してしまう人も多い。だが、実際に価値があるのは従属することではなく、能力を発揮して利益を上げることだ。目的を間違えて会社に尽くしたとしても、それは会社にも当人へも利益がないのは当然だ。

 会社の歯車になんかなりたくないという話をよく聞くが、会社の歯車というのは実のところ楽しい。自分の行動が別の歯車と噛み合って動いていくのだ。そこには色々と面白い仕組みが組み込まれていたり、自分が社会を支えている一員であるという満足感が伴う。つまらなく感じるのは、空回りしているからだ。工場の期間工として働いていた時、正に会社の歯車として働いていた。しかし、道路で自分の組み立てた車が走っているのを見ると嬉しく思えたものだ。

 実質何ができるかが重要だ。エンジニアとして働いていて、そこに技術はあったか。技術といっても、自分の義務に対して責任が持てるだけの技術があれば十分だ。確かに、誰もが一流になることは難しい。しかし、自分の義務に対して責任を果たせるだけのスキルであれば、相応に時間をかければ難しくはないはずだ。技術が必要な理由は人より優位に立つためじゃない。仕事にやりがいを感じるための条件だからだ。

 基礎的な能力を地道に積み重ねて、仕事に対して楽しいと思えるようになること。これが、しんどい事があっても這い上がれる強さに繋がっていくと思う。自分で動いて結果を出せるようになるというのは、なにも会社のためだけじゃない。自分のアイデンティティを確立するための手段でもある。同じ働くでも、あぶれないための努力をしていると、どんどんアイデンティティを失っていく。

仕事探すときはいつも一人

 就職活動で、仲のいい友達と一緒に面接を受けに行くことがあるだろうか。バイトならあったと思う。大学の就活でもあるかもしれない。だが、転職となると一人でやるのが常だ。会社が倒産したり、リストラされた場合は、仲の良かった同僚と無理やり分かれることになる。どんなに仕事のできる人でも、仕事を探すときは一人だ。社内の仲間と「ウェーィ」なノリで楽しく転職というのはあり得ない。

 一人になると組織での肩書は使えない。上司のアドバイスも仰げないし、部下も助けてはくれない。こういう状況になると、上司の権限に依存していた人や、部下への無茶振りで身を支えていた人は打つ手がなくなる。大きな会社の肩書に頼って仕事をしていた人は、自分の無力さに打ちひしがれることになるだろう。転職活動で「こんなはずじゃなかった」と言う人は、だいたいどれかのパターンに当てはまる。

 大企業やらだと、組織内の競争で勝ち残ると良い給料がもらえる。しかし、これが実力に対しての対価と釣り合っているとは限らない。こういう人がいざ一人になると、面接時に以前の所属会社と肩書をつらつらと語る。その会社にいたこと、その立場にいたことを価値だと思い込んでいるので、同様の給与や立場を要求してくる。雇う側としては、これほど厚かましい人はいないだろう。これは、実際にそういう場面にならないと気づけない。

 おっさんになってから食いぱぐれないためには、一人で行動する訓練をしておくといいかもしれない。自分一人で何ができるか、じっくり考えたり、いろいろと試してみよう。特に技術というのは、人に聞くのも大事だが、自分で考えないと身に付かない。どうしても一人で考える時間というのが必要になる。逆に言うと、ある程度自分で考えて行動できる人でなければ、技術を身に付けることは難しいとも言える。

輝けるおっさんになろう

 食いっぱぐれないためには、スキルとか精神的な強さとか色々な要素があると思う。ただ、一番ものをいうのは人徳だと思う。人徳がある人は、仕事にあぶれても誰が仕事を紹介してくれる。人徳といっても、単に人脈を持っていることとは違う。多くの人脈をもっていても、人徳が無ければ誰も助けてはくれない。普通に仕事をしていても、人徳のある人と無い人とでは全く違う。人徳のある人は大した苦労もなく立場が落ち着くが、人徳の無い人は苦労の割に報われない。

 何をすれば人徳を詰めるかは難しい。それが分かればみんなハッピーだ。世の中、こんなに荒れたりしない。ただ、何をすれば失うかは簡単に説明できる。嘘をつかれたり、傷つけられたり、陥れられれば誰だって嫌だ。そういう人についていこうと思う人はいない。人の嫌がることをすれば簡単に人徳を失う。組織内で競争していると、こういう行為を避けるのは難しいだろう。実力で越されたら、駆け引きでこういう行為をしないと抜き返せないからだ。

 ただ逆に考えると、人の嫌がることをしないようにするだけでも、ある程度の人徳は保てると思う。人徳を積極的に積む方法を知らなくても、減らない方法を実践していれば、相対的に高い人徳をキープできる。一週間、二週間で結果の出るものではないが、年単位になると大きな差が出てくるだろう。短期決戦型のビジネスライクな人にとってはちょっと難しいかもしれない。人徳は消費は早いが詰むのに時間がかかる。

 人徳があると人は輝いて見える。おっさんでも同様だ。人徳というと精神論が優先しそうだが、そうでもない。例えば、嘘をつかないためにも、ある程度正確な知識が必要だ。人を傷つけないためには、その場の衝動に流されないための事前準備が必要だ。物事を平等に見れるための観察力がないと、人を陥れる発想で行動してしまいがちだ。人徳といっても、ユルフワなスピリチュアルな話ではない。きちんとした訓練の裏付けがあってこそ成立するものだ。

 充実した将来のために、男なら輝けるおっさんを、女なら輝けるおば・・・レディーを目指してみてはどうだろうか。

Comment(5)

コメント

仲澤@失業者

真昼の新宿エルタワーのエントランスは、どこから見てもエリートなサラリーマン達と、
なんとなくパッとしない人々が混じり合う不思議な場所なのですが、
そんな人はエレベータで23階のボタンを押すのですね。

失業保険の期間が過ぎると、ハローワークにも足が遠のいてしまいがちですが、
そうなると統計的には失業者ですらなくなるわけで、とても危うい気分になったものです。
自分もそうでした。
(老人プログラマ)

へちま

拝読させて頂きました。
28歳まで半年、30歳まで2年半・・・

「おっさんになってから食いぱぐれないためには、一人で行動する訓練をしておくといいかもしれない。自分一人で何ができるか、じっくり考えたり、いろいろと試してみよう。特に技術というのは、人に聞くのも大事だが、自分で考えないと身に付かない。どうしても一人で考える時間というのが必要になる。逆に言うと、ある程度自分で考えて行動できる人でなければ、技術を身に付けることは難しいとも言える。」

ここの部分が凄くガツンと染みました。 自分で感じてた部分を言葉として表現して頂いて感謝しています。

匿名

大阪の私にしてみたら、おっさんって言わないで欲しいです。
おじさん:おっさん
おばさん:おばはん
ってくらいのニュアンスなんですん。

u_zu

>実質何ができるかが重要だ

職場の人に言ってやりたいものです。若くても妙な立ち回りを覚えるやつも多いです。

u_zu

問題なのは「何かが出来るオッサン」を日本の大多数の企業が雇わないこと。年功序列の弊害AND「出来る」人を恐れているから。

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