いろいろな仕事を渡り歩き、今はインフラ系エンジニアをやっている。いろんな業種からの視点も交えてコラムを綴らせていただきます。

ガラパゴス・エンジニア

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歪む競争原理

 スキルの高い、低いという評価は意外と適当なものだ。評価なんて、条件が変われば簡単に覆ってしまう。本来、評価というのは実質的なスキルの高さについてくるオマケみたいなものだ。スキルを地道に磨いていれば相応の実質は伴ってくるのだが、オマケの評価を求めだすと、実質が置いてけぼりにされる。

 低いスキルで高い評価を得るというのは、想像を絶する苦労が伴う。長い目で見れば、地道にスキルを磨いた方が絶対に楽だし、ストレスもかからない。しかも、高い評価を得ると責任の重い仕事を任される。低いスキルで重い仕事を任されるって、普通に考えると地獄絵図だ。しかし、地獄絵図すら花畑み見えてしまうのが評価の魔力だろうか。

 ただ、低いスキルで高い評価を得る方法が無い訳でもない。実質的なスキルが高いか低いかでなく、周りの人にスキルが高いと思わせればいいのだ。手元のスキルをどう見せるかというテクニックだ。大して高くないスキルでも、人間関係を駆使したり、演出を加えることで実質より高く見せることができる。同レベルの人が競い合うと、こういうテクニックに走る人が一定数出てくるものだ。

 こういうテクニックに走ると、地道な努力に価値を見いだせなくなる。地道に頑張ってる人を楽々覆せるからだ。努力するのが馬鹿らしく見えてしまう。テクニックに走る人が増えると、技術ではなくテクニックで競争原理が働くようになる。エンジニアでありながら技術以外のことで競い合い、独自の進化を遂げることになってしまう。

外界と断絶された現場

 評価を意識すると、人に意識が向く。外交的になったり、人を繊細に観察するようになり、対人的なスキルが上がりそうな気がするが、実際は逆だ。お客さんや上司など、評価を下す人に目線が偏るので、内向的になる。嫌われることが恐怖になるので、繊細に観察する余裕など持てない。なので、実質的な対人スキルは落ちる。

 つまり、評価ばかり意識すると、一見対人的なスキルが高く見えるが、実際は対人スキルが低い人になるのだ。こういう人は、純粋に対人スキルが低い人よりタチが悪い。できると思っているに関わらず、実際はできていないのだ。しかも、人にばかり気が向くので、技術的なレベルも低い。自分に対する勘違いも多い。大企業で働くと、こういう人が多くて愕然とする。

 長々と書いてみたが、「大きい企業ってチーム内で人間関係が閉じちゃってるところが多いね。」という話だ。経験則でいうと、大企業の案件で働く時の閉塞感は本当に重い。世界が自分の働いている建物内でほぼ完結してしまっている。こういうところで十年、二十年とキャリアを積んだら、市場価値で自分を見ることができなくなるだろう。

 技術に関しても、安易に外注を利用することで自分たちで追求することを止めてしまう。分からないことがあっても、その技術を持った人を連れてくれば、その場はしのげる。外注に丸投げするスタイルで効率を追求すると、情報という面からも外部から隔離されてしまう。技術が社内事例のみに閉じたものになってしまう。

ブレイク・スルーのポイント

 こういう孤立した環境で育った外界を知らないエンジニアを「ガラパゴス・エンジニア」と私は呼んでいる。こういう方々は、とりあえず社内のシステムが動いているので、自分のスキルに何ら問題は無いと思い込んでいる。更に、会社のお金で資格を取ったりしていると、更に自分が優秀だと思い込んでしまう。

 こういう人が何らかの事情で転職すると、かなりの衝撃を受けることになる。基準が、社内評価ではなく市場評価になるからだ。今まで考えたことのない価値観で判断することを余儀なくされて、転職のために立てたプランがことごとく崩されてしまう。最終的に、「こんなはずじゃなかった」となってしまう。

 ガラパゴス・エンジニアにならないためには、社外で自分よりレベルの高い人を探すのが有効だ。会社という肩書なしで、純粋にスキルの高い人と関わることで、客観的な視野が開ける。自分が補うべき課題を見つけやすくなる。事前に現実を直視することで、「こんなはずじゃなかった」を避けることができる。

 自分の立場を固めると、すごく居心地がいい。ただし、居心地の良さと成長はトレードオフだ。ある程度のストレスがあった方が、取り組むべき課題を見つけ易くなる。また、ストレスがあまり無い状態では、満足しきって新しいことを覚える気が起きなくなる。ガラパゴス・エンジニアなんて呼ばれたくないのなら、ある程度、安住から離れて考えてみるといい。

本当の安住

 一般的に、大企業や役所などは安定していると言われる。全てがそうという訳ではないが、実際にそこで仕事をしてみると、かなり闇が深い。ドロドロした人間関係がはびこっていて、よくこれで仕事が回っているなと不思議なくらいだ。ただ、そこにいるだけでストレスが溜まるようなところも多かった。

 こういう人間関係で神経をすり減らすことで安定した立場を得ていると考える人も多いようだ。厳しい就職戦線を勝ち抜いて得たものなので、理不尽とは思っても手放したくない人が大半だ。しかし、よくよく観察すると、ちっとも安住できていない。人間関係で気を使い過ぎて、むしろしんどそうだ。私から見れば、安住ではなく消耗戦だ。

 消耗戦で逃げ切るか、一つ勝負を挑んでみるか、それは個々の判断で決めればいい。実際、消耗戦でも逃げ切ってしまえば優位に立てる。一つ勝負を挑んでも、負けることはある。いろいろな条件を組み合わせていくと、万人に適用できるベストなパターンというのは無い。それぞれの考え方や価値観に合った方法を取る必要がある。

 故に、大企業的な考え方ばかりが主張されるのが問題だと思う。テレビなんか見ていると、大学入って大企業に正社員で就職するのがベスト、みたいなスタンスしか語られない。自分たちの価値観が閉ざされた環境、「ガラパゴス」なんだろうなぁと思う。日本人には、技術にしろ、働き方にしろ、多様性に欠けている。これが日頃感じる閉塞感の原因じゃないだろうか。

Comment(2)

コメント

abekkan

以前にコラムにガラパゴス化と書いたときに、ガラパゴス化とは進化から取り残されただけのものではなく、隔離された環境で独自の進化を遂げたものを言うのだ、意味を誤認している、と突っ込まれたことがあったなあ。
と、ちょっと思い出しただけですが。。。

Anubis

まぁ、社内だけに視点を絞れば進化なので、それはそれで良いかと。

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